39 / 66
(39)
加賀谷が向き直った。
「まったくわかりやすい奴だ」
その口調は笑いを秘めている。この状態で何を言い返しても恥ずかしくなるだけだ。
遥は唇を噛みしめる。
「言い返さないとは珍しい。沈黙は金、というところか?」
加賀谷が遥の前に立った。そして遥の顎を指先で上向かせた。
当然のように、遥は加賀谷に口づけられる。口の中までも犯す口づけだ。
「やはりキスでは反応なしか」
自分の股間を這う加賀谷の手に、遥は身を固くした。
悲しいことにその温かい手に体は反応してしまう。
「仕方ない」
加賀谷がはっきりとため息をついた。それから椅子の前に跪いた。
(な、に?)
生温かく濡れたものに、遥のものは包み込まれた。
遥の下腹あたりに加賀谷の頭がある。髪が腹をかすめる。
思考が麻痺した。何が起きているのかわからない。理解するのを頭が拒否している。
何かに絡みつかれ、なで上げられ、吸われる。
(口? 加賀谷隆人が口で?)
生々しい感触は遥の性感を直接に刺激する。あっという間に加賀谷の口の中で硬く勃ち上がってしまった。
勝手に声がこぼれる。じっとしていられずに髪を振り乱し、息を乱して引きつった呼吸を繰り返す。
執拗に遥のものはなぶられる。感じたことのないその刺激にどうしようもなく欲望と快感が高められていく。
慣れない、しかも強烈な快感に、絶頂の訪れはすぐだった。悲鳴じみた声をあげて、遥は射精した。
加賀谷の頭が股間から離れる。
遥はうなだれてはあはあと息を吐いた。
立ちあがった加賀谷が「やれやれ」とつぶやいた。
飲んだのか? このプライドの高い男が?
遥は顎を捕まれて上向かされた。
口づけられようとしている、そう察して遥は嫌がった。
加賀谷が顔をしかめた。
「キスくらいさせろ」
強引に重ねられた。差し込まれた舌に残るかすかな苦みに、遥は鳥肌だった。
昨夜のようにまた繰り返しキスをされる。唇だけではなく、頬や額や耳元にもその軽い感触は触れて回る。そうしながら加賀谷が言った。
「まったくこの私がフェラチオをするとは思わなかった」
唇をかんで堪えていたが、目が熱くなった。すぐに頬へこぼれ落ちた。いったん堰を切ってしまうと、涙はぽろぽろと頬へつたい落ちる。
加賀谷の手が頭を撫で髪を梳き、頬の涙をハンカチで繰り返し拭う。
「気持ちよかったのだろう。何をそんなに泣く?」
そう問われても、遥にはわからなかった。もともとこんなに泣くような人間ではなかった。泣いている暇などなかったのだとしても、だ。
加賀谷が深いため息をついた。
「どうしようもなくうぶだな、お前は」
手首をほどかれ、遥は顔を両手で覆う。
その耳に加賀谷の言葉がささやかれた。
「無意識に性的なことを禁忌にしてきたのだろう? 父親を見て、セックスはいけないことだとずっと思ってきたのだろう?」
遥は首を左右に振り、それを拒絶する。
「ファーザーコンプレックスだ、お前は。それを乗り越えないと、いつまでも苦しいぞ」
遥はかっとなって言い返した。
「苦しいって何だよ。こうやって閉じ込められて体と言葉でなぶり続けられる以上に苦しいことって何だ? 父さんのことを持ち出すな」
加賀谷が微かな苦笑を浮かべた。髪を撫でられた。
「そうだな。言い過ぎた」
遥はいつにない加賀谷の譲歩に戸惑いながらも、唇を噛みしめた。
加賀谷の顔から笑みが消えた。
「これから、少なくとも披露目が終わるまで、お前が気をつけなければならないことを聞かせておいてやる」
遥は上目に加賀谷を見上げた。すると加賀谷の右手が頬にそっと触れた。温かい。だが、その目は真剣だった。
「私と俊介と湊以外とは目を合わせるな。口をきくなどもってのほかだ。あの二人がお前に手渡す食べ物・飲み物以外口にするな。自分が狙われているという自覚を常に持て」
遥は注意深く訊ねた。
「俺はなぜ、誰に狙われているんだ」
「お前を私の凰にしたくない連中だ」
反対する者がいる。遥は一度としてこうなることを望まず、今も自由を奪われているのに、それに反対する者がいるのだ。
「反対されたいと思っているのなら、それは間違いだ」
加賀谷の低い声に思考を断ちきられた。頬の手が離れた。
「阻止するにはお前を殺すか、凌辱するか、披露目で失敗させるかのどれかだ。それ以外では阻止にならない」
遥は視線を落とした。確かに遥にとっては認めがたいものばかりだ。
「阻止されたら、どうなるんだ」
訊ねながら目を上げた。
ともだちにシェアしよう!