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 遥はシーツの上に腹這いになって、少し離れた場所にいる加賀谷に話しかけた。 「なぁ」 「お前は猫か」  加賀谷がじろっと遥を見た。 「ちゃんと名前を呼べ」 「タカヒトサマって? やなこった。かゆくなりそうだ」 「お前は私に敬称など付けなくていい」  遥はしばらく口の中でこの男の名前を転がしてみた後、言った。 「年上を呼び捨てにするのはいやだ」 「じゃあ好きにしろ。ただし『あんた』とは呼ぶな。『お前』でも駄目だ」  遥は憮然とした。 「……隆人、さん」 「何だ?」  頑なほど不機嫌な顔を続けてきたこの男が、いつの間にかほどけてきたような気がする。  遥は加賀谷の目を見つめて訊ねた。 「俺が凰になることを阻止して、何の得があるんだ?」  加賀谷がふっと息を吐いた。 「一族と言っても一枚岩というわけではない。それなりの勢力分布もあるし、権力闘争もある。今は当主の私が若輩かつ凰を持たない片翼なので、分家にもそれなりの発言権がある。だが、凰を持てば必然的に私は一人前であると認めざるをえなくなる」 「じゃあ、あんたとしては早く持った方がよかったんじゃないか」  加賀谷にじろっとにらまれた。 「だが凰を持つことは、私の母のような生まれつきそれを定められたと認められた者でない限り、必ず横やりが入る。どこの分家も自分のところから凰を出したがるからな」 「出すといいことがあるのか?」 「凰を出すメリットは、出した家には支度金が与えられると言うこともある。だが、それ以上に重要なのは、凰を鳳たる当主の近くに置くことにより、権勢を得ることができるからだ。一族の中からでた場合、凰は当主の妻のケースが最も多いからな。当主にふさわしい年頃の娘がいれば、他家の者との縁組みを阻止しようとする。一族外から得ようとすれば、娘のある家は阻止しようとし、そうでない家はその凰の候補と関わりを持とうとする」  加賀谷が額にかかる髪を指で梳いた。 「加賀谷精機は同族会社だ。本来なら結束して物事に当たるべきだが、分家の連中はそんな有様だ。俺がよほど強力なリーダーシップを持たない限り、会社自体が危うくなる。それなのに連中は何の協力もしない。それどころか足を引っ張ってくれる」 「権力闘争が起きるほどの家なのか?」 「本家の総資産は一千億をくだらない」  まったく実感のない数字をさらりと言われた。 「その本家に対し姻戚となれるのなら、欲も出るのだろう」  皮肉っぽく加賀谷が笑う。 「凰を持たなければ鳳の運は逃れると言われている。もしかするとそれは鳳に協力はしないが、金と力はほしい者達のせいかもしれない。だが、確かにお前を見つけるまでのこの三年間、加賀谷精機は不祥事続きだった。挙げ句の果てに工場内での人身事故だ。おかげで予想より早く私に社長の座が回ってきてしまった」  加賀谷の腕が伸ばされて、遥はゆっくり引き寄せられた。  恋人同士のようにキスを交わす。 「本当は、私もあの伝説を完全には信じていなかった。だが私が社長に就任し、お前をここに連れてきて以来、加賀谷精機の株価は上がっている」 「それは、あんたが社長になったからだろう?」 「私はただの七光りだ。親が社長だったから抜擢を受けて役員を務めているという、同族会社にありがちな人事の結果だ。そのことは私が一番よく知っている」  キスをされながら体中をまさぐられる。くすぐったいだけの行為が、いつかそうでなくなるのだろうか。  ふと気になっていることを訊ねた。 「あんた――」 「違う」 「……隆人さんは家族いるんだよな。奥さんとか、子どもとか……」  加賀谷がため息をついて抱擁を解いた。 「――もちろんいる。妻も子も」 「帰らなくていいのか」 「私がここを離れれば、攻撃される危険は増す。披露目が終わるまでの話だ。そのくらい帰らなかったとしてもどうと言うことはない」  遥は上目に男をうかがった。 「奥さんは平気なのか。あんたが俺と、やってて――」 「お前が一族の外から迎えた凰である以上、当然のことだ。篤子も一族の者だ。そのくらいはわかっているはずだ。他の者よりもずっと」  そう言った時の加賀谷の顔は、妙に気弱げに見えた。あまりにらしくない表情なので、遥は驚いた。  そんな顔をされると、普通の人間に見えるじゃないか。  なんだか不愉快になる。加賀谷のそんな弱い顔を見せられたくはなかった。  それとも、隆人が妻の名を口に上らせたからだろうか。  突然唇をつかまれた。  文句を言いたくても、開けない。  男の手首をつかんで外させる。 「何しやがる」 「顔が怒ってる」  そう指摘された。 「嫉妬したのか?」  笑う男に遥は絶句し、怒鳴った。 「馬鹿なことを言うな。誰が嫉妬なんかするか。あんたみたいなサディストと結婚して同情したいくらいだ」  いきなり顔を掴まれた。加賀谷は微かな自嘲を浮かべている。 「お前は嫉妬する必要などない」 「は?」  無言で加賀谷にじっと見つめられ、遥は思わず顔を背けた。鼓動が速くなっている。そのままベッドの端ぎりぎりまで移動して横になった。 「落ちるぞ。もっとこっちへ来い、遥」 「いやだ」  加賀谷がまた笑ったようだった。  ベッドが少し揺れた――そう感じた直後に、遥は加賀谷の腕に抱きしめられていた。  もがく遥の体を加賀谷の手がはい回る。 「逃げる者は追いたくなる。それをわかっていてやっているのか? わかっていないでやっているのなら、お前は天性の男たらしなのかもしれないな」  巧みな手の動きに股間を刺激されて、遥は動けない。短い声を何度も上げてしまう。 「セックス自体は気持ちいいだろう? 好きになってきたか?」  じりじりと入ってくる男を感じる。  体の中をこれでいっぱいにされてしまう。いっぱいにされて動けなくされて、遥は快感に逃げてしまう。 「あ、ふ……んっ……」 「やっているときとそうでないときの素直さの違いには驚く」  奥を突き上げられ、甘ったるい声を上げながら加賀谷の言葉を聞かされる。 「ふだんからこんなに素直だと面白味に欠けるのかもしれないが、もう少し顔に似合った言葉を使って欲しいものだ」  荒々しい動きに悲鳴を上げた。が、手からもたらされる直接の刺激にはあらがえず、遥は加賀谷の手に欲望を吐き出した。

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