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 克己が去った後、遥はベッドの上に投げ出され、加賀谷に押さえつけられた。 「ああいう連中だ、明日お前の回りにいるのは」  首筋に加賀谷の口づけを受ける。遥の体はびくりとすくむ。 「暴力に訴える奴の方がまだわかりやすい。それなら俊介達で何とかできるからな。だが、ああいうお前の心の弱みに付け入る奴は防ぎようがない。親切ごかしの言葉を吐きながらお前の気持ちを抉って動揺させる」  喉元を這う唇に遥は喘ぐ。背筋を貫くような快感に声をあげる。思わず目をつぶる。 「耳をふさぐことはできない。お前はそれを聞いてなお、私だけを感じればいい」  あらわにされた胸に口づけは移っていく。 「お前を見いだしたのは私以外の男だが、お前以外を私の凰にする気はない。だからすべてを私に委ねろ」  遥は目を開けて、天井を見上げた。 「俺に、信じろと、言っているのか」 「そうだ」  加賀谷が顔を上げた。 「私ひとりでもお前ひとりでも明日は闘えない。お前が何を考えて私を選んだかは想像できているが、体の反応は理屈ではない。お前が私を望み、私とセックスすることを悦べなければ、失敗する」 「だから、信じろと?」 「それ以外に私に何が言える?」  遥は加賀谷の方を向いた。加賀谷の目は真剣だった。  加賀谷が遥を押さえつけるのをやめ、遥の体の両側に手をついた。そして遥の顔をのぞく。 「最後はお前次第だ。お前の中の快感はお前自身が解き放たなければ、上り詰めることは不可能だ」  遥はゆっくりと背を起こした。 「あんたは、俺の敵なのか、味方なのか?」 「今は敵ではない。お前の助けが必要な者だ」  遥はいぶかしく思い、加賀谷の目をのぞく。加賀谷がわずかに視線をそらした。 「私は以前一度、阻止されている」  何を言われたのか、一瞬わからなかった。  加賀谷の目が遥に戻った。真っ直ぐに見つめられる。 「鳳にとって、自らが選んだ凰を阻止されることはこの上ない恥辱だ。一度はともかく、二度もそれをされたら、自ら鳳を降りなくてはならないだろう」 「その後は、どうなる」 「私の息子が鳳となるが、凰たる者を見いだすのは不可能だ。隠し彫りの継承者はいない。あざを持つ者もいない。まだ子どもの鳳が出れば分家の力が増すのは明らかだ」 「あんたが後見すればいいじゃないか」  加賀谷が苦笑いを浮かべた。 「一度退いた者は表には立てない。それが定めだ。たとえ我が子であろうとも、不名誉な退き方をした私では守ってやることはできない」  遥はうつむいた。  唇を噛みしめる。  それから顔を上げ、加賀谷をにらみつけた。 「あんたは、とことんエゴイストだな」  加賀谷は答えなかった。 「なぜ今になってそんな話を聞かせるんだ」  遥は目の前の加賀谷を押しのけた。 「それを聞いて、俺はあんたの身勝手さを思い知っただけだ。我が子のためには他人を犠牲にする――鬼子母神だよな。だが、鬼子母神は我が子を取り上げられたんだ。あんたも取り上げられてみろよ。父さんに対してした仕打ちを思い知れ」 「ああ、すまない。私の言い方が悪かった」  遥は加賀谷が詫びの言葉を口にしたことにびくっとした。が、加賀谷に背を向けた。 「出てけよ」 「遥、聴いてくれ」 「なれなれしく呼ぶな。俺の体に触るな。あんたに触られるくらいなら、輪姦されて殺された方がましだ」 「そんなことにはさせない。それに私にはまだ仕事上やらなければならないことがある。そのためにはお前が必要なんだ!」 「出ていけ!」  沈黙が落ちた。  加賀谷がベッドを降りる気配がした。 「明日の朝は早い。今夜はよく寝ておけ」  静かな声がそう告げ、ドアの閉まる音がした。  遥はその音にびくっとすくんだ。  ゆっくりと後ろを振り返る。  ドアは確かに閉まっていた。  唇をきつく噛む。  涙は湧いてこない。  しかし、体の中を吹き荒れる嵐に似た何かは、抑えようがなかった。

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