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 午後九時には桜木兄弟にベッドの中へ押し込められた。 「明日は、午前四時に声をおかけいたします」  遥は憮然として、そう言った桜木を見上げる。桜木は穏やかな笑みを浮かべている。 「移動に時間がかかりますので、ご了承ください。車の中でまたおやすみいただけますから」 「どこまで連れて行く気だ」  遥の問いに桜木は申し訳なさそうに答えた。 「遥様が正式な凰様となられたその時までお答えはお許しください」  遥は肩をすくめた。 「それなら、一生聞くことはないな」  その瞬間自分を見つめる二人の顔にかすかな感情の揺れを見逃さなかった。 「寝る」  速くなった鼓動を隠すように、遥は毛布を頭までかぶる。 「おやすみなさい」  二人が出ていく気配がして、またドアは閉ざされた。  遥はかぶっていた毛布を引き下ろした。  桜木は怖かった。いつもは見せない苛立ちを見せていた。  一方の湊が見せていたのは困惑だった。  二人の中にあるものは違うのだと今気づいた。  何なんだよ――  口の中でぶつぶつつぶやく。  理由はわかっている。  桜木兄弟は加賀谷の味方だ。遥が加賀谷の凰にならなければ、加賀谷が鳳を降りることもわかっている。彼らはそれを望んでいない。特に桜木は何か焦りすら見せている。遥の加賀谷に対する反抗的な態度は許せないに違いない。 (ちくしょう!)  怯えた自分が許せない。 (悪いのはあいつの方だ) (どうして俺があいつの子どものために、犠牲にならなきゃいけないんだ) (父さんとの約束を破らされてまで)  遥は唇を噛みしめる。  決めたはずの心が乱れている。  しかしここで暴れても、もう全くの無意味だ。ここまで遥は自分で選んで歩いてきてしまったのだから。  自己嫌悪に陥りながら遥はとろとろとまどろみに落ちた。  聞き覚えのある声がくっくっと笑っている。 『そなたはよう我を楽しませてくれる。ほんに一筋縄でいかぬ強情な(おのこ)じゃ』  まぶしい姿で立つ男は愉快そうだ。 『そなたには奏恵の遺したものを踏みにじる気概がある。そのまま加賀谷の檻を壊してしまうがよい。さすればそなたに幸を運んでやらぬでもないぞ』  胡散臭いと考えたことを察したのだろうか。 『信じぬならそれもまたよかろう。我ももうこりごりじゃからな、人の子に手を出すのは』  まぶしさが闇の中へと大きな翼を羽ばたかせて消え去ると、遥は真の闇の中に取り残され意識の深みへ落ちていった。

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