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洗髪し、コンディショナーを流した後、軽く息を吸って止めた。シャワーヘッドから降り注ぐ湯を顔に当てる。それから顔をゆっくりとのけぞらせて、止めていた息を吐く。喉に湯が当たっている。背後で揺れる濡れた髪が重い。
加賀谷も桜木も湊も昨日のことは何も言わない。
彼らは既に時間が動いている。
しかし、遥も時間を進めなくてはならない。
湯を体にあてる。手で自分の体を撫でる。手首から腕、肩へと手のひらをすべらせていく。
凰になると決めたのは、そうしなければ父の行方がわからないからだ。加賀谷はそう遥を誘導してきた。
これでは遥は、ただ周囲の思惑に流されているだけだ。
首筋から鎖骨、胸を撫でおろし、下腹へと手は移動する。萎えているそれをふだんと同じように包みこみ、洗う。
ため息をつく。
それから向きを変え、背に湯をあてた。左腕を背中へ回し、その手の甲で届く範囲だけ撫でる。
この体のすべての場所に加賀谷は触れた。
遥自身は触れたことのない場所、あるいは体の中まで。
遥は喘いだ。
両手で腰から尻を丸く撫でてから、閉ざされている双丘を開き、その部分を洗う。
自分の意思で選びたいとずっと思ってきた。
それは今回のことだけではないのかもしれない。
この体は、遥の体だ。加賀谷の物ではない。
同時に遥は父ではない。父と同じ人生は歩みたくはないし、仮に同じでありたいと望んでも不可能だ。
遥は遥の人生しか作り出せない。そしてそれは遥自身の意思から始まる。
簡単に脚を撫でてから、もう一度肩に湯をあてて、湯を止めた。
浴室を出て、用意されている白いバスローブに身を包む。それから同じように準備されていたタオルで髪を拭く。
戸をノックされた。
「遥様、お出になりましたか?」
桜木だった。
「うん……」
「開けます」
戸が開いて、桜木が顔をのぞかせた。
「やはり洗髪なさいましたか。出かける前にちゃんと乾かさないといけないですね。さ、ダイニングの方へお急ぎください」
促されて、浴室を後にした。
ダイニングテーブルの上には、きっちりと握られた小さめのおむすびとみそ汁が用意されていた。
遥はそれが置かれている上座に素直に座る。
手を合わせる。
「いただきます」
それから、箸を取ってみそ汁を飲んだ。
(温かい……)
「お茶をお出し致しますね」
キッチンの方から湊が言った。
遥は深いため息をついた。
朝食の後、寝室に戻って着替えた。
淡いブルーの縞の入ったワイシャツに、濃い青に緑と金色に近い色がちりばめられたネクタイを締める。
万年筆のインクのブルーブラックを思わせる色のスーツが用意されていて、遥はそのスラックスをはく。
「髪を乾かしましょう」
ブラシとドライヤーを手に、桜木が入ってきた。
クローゼットの鏡の前で、桜木は器用に遥の髪をブラシですくいなから乾かしていく。鏡越しにその手つきを目で追いながら、遥は思わず言った。
「昨日の美容師みたいだ」
桜木がにこっとした。
「恐れ入ります」
その手はよどみなく遥の髪を乾かす。
遥は視線を落として自分の姿を見た。それからいったん目をつぶり、また開けた。
そこにいるのは高遠遥だ。
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