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 何度も途中目を覚ましたと思う。  時々、桜木たちが低い声で何か話をしていたが、遥の記憶には残らなかった。  ただ、桜木がこう言った気がする。 「もう、何もお聞かせするな。苦しまれるだけだ」  それに対して湊が何か言い返したようだが、遥には聞こえなかった。  夢は見なかったと思う。  桜木の声に起こされた。 「遥様、到着いたしました。お目覚めください」  視界をふさがれた状態のまま、シートに手をついて起きあがる。 「アイマスクを外して結構です。またサングラスをおかけになってください」  言われるままアイマスクを外して、目を開けようとした。  が、あまりの眩しさに遥はきつく目をつぶる。  サングラスを掛けられるのを感じた。  何度か瞬きをして、やっと目を開けることができた。 「見えますか?」 「なんとか……」  サングラス越しに外を見た。  広い駐車場だった。数え切れない車が停められている。遥の乗っている車はその一番奥にあった。  振り返ると、大きな日本建築があった。 (旅館みたいだ) 「ここが加賀谷家本家の本邸です」  桜木がそう言った。  遥が車を降りるとすぐに視線を感じた。  あちこちから見られている気がする。  どうせ後でいやと言うほど見るのだろうに、なぜ今からじろじろ眺め回すのか。  遥は憮然とした。  その時建物の方から人が出てきた。 「遥」  びっくりして振り向くと、加賀谷だった。鼓動が速まる。  加賀谷は真っ直ぐに遥のもとに歩み寄ると、微笑んだ。  次の瞬間、遥は自分が加賀谷に抱きしめられていることに心の底から驚いた。何が起きたのかわからない。わからないまま、今度は口づけられていた。  これも演出なのだろうか。  遥は目をつぶって加賀谷のキスを受け入れていた。 「よく来たな」  たくましい腕の中で抱きしめられながら、加賀谷にそうささやかれた。  加賀谷は遥が来ないかもしれないと思っていたのだろうか。 「控えの間が用意してある。そこでしばらく休んでから仕度をするように。わかったな」  遥はうなずきもせず、答えもしなかった。ただ、加賀谷の肩に頬をあてて抱きしめられていた。  加賀谷が遥の腕をつかんで引き離した。 「後でようすを見に行くから」  それには小さくうなずいた。  加賀谷が桜木たちに声をかける。 「ご苦労だったな。披露目までしっかり付き添ってやってくれ」 「かしこまりました」  桜木たちの表情は、主にねぎらわれた喜びと信頼に満ちていた。彼らと加賀谷の間にはやはり強い絆があるらしい。  遥は目を閉じた。 「遥、どうした?」  名を呼ばれて、遥は目を開ける。加賀谷が驚いた顔をしていた。 「微笑んでいるぞ」  遥は深呼吸をした。 「ついにここまで来ちまったなと」  そうごまかした。  頷いた加賀谷が遥の肩にぽんと手を置いた。 「また後で」  立ち去る加賀谷に、遥は無言で頭を下げた。

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