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 廊下の突き当たりにその部屋はあった。  部屋に遥が入る前に、湊やその従兄弟達が先に入った。何か電子音がしているなと思ったら、彼らは無言で桜木に手のひらを広げて見せた。  何か小さな機械が載っている。  桜木がやはり無言のまま、湊に向かって目で合図した。湊はうなずくと、廊下を引き返していった。 「お入りください」  桜木が口を開いた。  遅まきながら彼らは盗聴器のチェックをしていたのだと気がついた。  テレビでは盗聴器を調べる場面を何度も見たことがある。しかし、遥自身にそんなものを使われることは考えたこともなかった。  戦場なのか、ここは。  遥は暗い気持ちで部屋の中に足を踏み入れた。  通された部屋はこの建物の外観からはとても想像のつかなかった洋室だった。  ちょうどホテルのスイートルームのようだ。寝室とテーブルとソファのあるリビングに、バスルームなどがついているらしい。ゲストルームとでも呼ぶのだろうか。  リビングの隅にホームバーがあった。無意識にそこに並べられている酒のビンのラベルをチェックしていた。 「横になられますか?」 「いや……」 「お座りになってください。本日はここが遥様のお部屋ですから」  促されて遥はソファに腰を下ろした。  桜木が旅行バッグを開いている。確か桜木喜之がここまで持ってきたバッグだ。その中から取り出されたのは、二本の水筒と二段の重箱だった。 「御披露目が終わるまで、こちらで食事などを出されても手を付けない方が無難ですので、飲み物と簡単な食べ物を用意して参りました。仕度にはいるまでにまだ少し時間がございます。召し上がってください」 「ほしくない。水だけほしい」 「かしこまりました」  桜木が水筒の中身を水筒のふたのカップに注ぐ。  遠足みたいだ。  そう思ったが、口にはしなかった。無駄話をしたい気分ではない。  何も言いたくない。  渡されたカップに遥は口を付ける。そして、一口ずつ噛みしめるように水を飲んだ。  開け放たれた窓から流れ込んでくる初夏の風は、ずっと閉じこめられていた遥には夢のような心地よさだった。この心地よさの裏側で進んでいるできごとは遥にとってはまだそれが悪夢のような気がしてならない。  だが、もうここまで来てしまった。  遥は戻れない場所までこの加賀谷の一族と関わってしまった。 「サングラスをはずしていいか?」 「カーテンを引きますので、少々お待ちください」  桜木が窓にレースのカーテンを引いた。  遥はゆっくりサングラスをはずす。  目がすぐには慣れない。明るさが目に突き刺さるようだ。  やっと普通に見えるようになった室内は、壁も家具も白が基調だった。ひどくまぶしく感じたのは、その照り返しのせいだったらしい。  湊が戻ってきた。 「全部処分してきた」  そう桜木に報告している。 「了解。基と洋を中へ呼んでくれ」 「窓の外だね。行ってくる」  遥は風に乱される髪を何度も指ですく。 「窓をお閉めいたしましょうか?」  遥には桜木がなんとなく遥をうかがっているように感じられた。  思わず苦笑が浮かんでしまった。 「いや、このままでいい」 「承知いたしました」  そのとき、部屋の中に若い男が二人入ってきた。十代に見える。  二人ともが遥を見て目を丸くしている。  桜木が二人を紹介した。 「わたくしの祖父の代に分家として独立した家の者です。こちらが桜木(もとき)、こちらが(ひろし)です。わたくしのはとこに当たります」 「桜木基です。こちらが弟の洋です。どうぞよろしくお願いいたします」  遥はゆっくりと立ち上がった。 「高遠遥です。こちらこそお世話になります」  遥が頭を下げると、彼らも桜木や湊と同様困惑の表情を浮かべた。  兄弟らしくよく似た顔が困って目を見交わしている。  この桜木姓の男たちは本当に完璧に洗脳されているらしい。人と人は対等ではないということに関して。

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