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 加賀谷の性欲を満たすために――凌辱されるために仕度をすると考えることは、遥に抑えようのない怒りを与えた。  だからいつも遥は抵抗し、桜木は遥を力でねじ伏せた。感情のない人形のような顔でそう扱われることが、また遥の怒りをかき立てた。  しかし、そうやって抗うことは無駄であることを教え込まれ、また屈辱の時を短くするためには従順を装ってしまった方がいいのだということを遥は学習した。  遥も桜木もただの作業として、それを行う。  あくまでも加賀谷に仕える身である桜木が主のために淡々と遥の体に液体を注ぎ込むことと、遥がそれを受け入れることが同じレベルで行われていることは、遥には滑稽に感じられてならなかった。 (今の俺は、あの頃とは変わった気がする)  ただ桜木の目の前で、強い排泄感に身を震わせている自分の姿を客観的に思い描くと、シニカルな気持ちが心の中に生じてしまうのは仕方がない。  桜木にとって遥が加賀谷の為の道具と考えられているかもしれない。同じように、遥にとってもこの体は加賀谷と自分を繋ぐ道具でもある。  加賀谷は、遥から体を奪った。  自らの肉体を自らの意思で律する自由を奪った。  拘束し、何度も犯し、快楽を覚えるよう仕込んだ。  そんな体は遥の知る体ではない。加賀谷が作り上げた体だ。二十一歳の頃の遥の体、加賀谷に連れ戻された頃の体ではもうない。  遥はそんな体を丁寧に洗い上げる。  これは遥の体であるが、遥に存在価値を与えるものでもある。この体があって初めて、遥は今この場に存在が許されているのだ。 (俺がそう望んだわけではないけれどな)  それはいつも強く意識してきた。しすぎてきたのだ。  浴槽を出た遥の体を桜木がバスタオルにくるみ、ボール状に加工されたジェルを体の奥深くに送り込まれた。  そこへ、さっき紹介された基と洋が現れた。 「説明が途中になってしまっていましたが――」  桜木がそう言った。 「湯浴みの後から御披露目がすべて終わるまでの間、遥様のお世話はこの基と洋が行います。着付けから、御披露目の場に付き添い、必要とあらば介助もこの二人が行います。鳳より凰たるべき人のお世話を申しつかった者の内より、年少の二名がその役に当たると定められておりますので」  遥は黙ったまま肩をすくめた。  彼らは遥とは違う安全な立場にいるのだ。たとえ同じ披露目の場にあっても彼らはただの傍観者だ。誰とも代わることのできない遥とは違う。遥に付き添ってくれる者など、所詮誰でもいいのだ。  桜木の手から基たちの手に遥の体が手渡される。遥はそれを見ている。  寝室で濡れた体は洋の手で丁寧にタオルでぬぐわれた。 「まず足袋をお履きください」  全裸のままの遥に基が白い足袋を差し出した。留め方がわからずに四苦八苦していると、洋が遥の足元に跪いた。 「失礼いたします」  その小さな爪のような金具――こはぜを留めてくれた。 「ありがと」  遥が礼を言うと、洋は無言で首を振った。  呆れるほどに大きなベッドの上で、基が畳紙(たとうし)を開いている。その中にあるのは純白の布だ。  遥は基がそれを広げるのをただ見ていた。着物のようだが、それにしては薄手のようだ。 「失礼いたします」  基はそう言うと、遥の背後からそれを着せかけた。 「これ、何?」 「長襦袢です。本来はこの下に肌襦袢などをお召しになっていただくのですが……」  基が言葉を濁した。 「袖に手をお通しください」  基が言葉を切った意味がよくわからないが、示されたとおりに袖を通す。  基が遥の体に紐を結ぶ。その側で洋がさっきのものとは別の畳紙を開いている。  そこにあったのもやはり真っ白な布だ。先ほどよりはしっかりした厚みがあるらしい。  広げるとそれも着物の形をしていた。  長襦袢の上からそれが着せ付けられる。紐で先ほどと同じように縛られた上に、やはり白い帯が巻き付けられていく。  基と洋は明らかに手慣れていた。二人で遥に手際よく着せ付ける。 「裾をまくりますので」  基がそう言うと、裾を持ち上げられて帯に挟みこまれた。  洋が新たな畳紙を開いていた。さっと広げられたのは、袴だった。  下着も付けないまま袴をはかされて、遥はやっと基が肌襦袢のことで言葉を濁した理由が飲み込めた。  これは、脱がされるためだけに着付けられた衣装なのだ。  袴の紐を結ばれながら、遥はこみ上げる笑いを堪えていた。  加賀谷が脱がせやすいように、すぐ遥が加賀谷とセックスできるように下着や肌襦袢は与えられない――そういうことだ。  着付けがすべて終わった。  純白の衣装に包まれた姿を遥は基たちに鏡で見せられた。  初めて着た着物と袴の姿は、あまりに違和感がある。いかにも借り物を着せ付けられたようだ。 (まるで七五三だよな)  そう思った。  すべてが純白なのも、違和感の原因かもしれない。  それはまばゆいばかりに真っ白で、遥の持つ男の着物のイメージとかけ離れている。  強いてあげるとすれば―― 「死に装束」  遥がそうつぶやくと、基と洋がびくっとした。困惑とも恐怖とも取れる表情で顔を強ばらせている。 「そうではない」  突然の言葉に遥は驚いた。  鏡の中に加賀谷の姿が映り込んでいた。

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