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「目をつぶれ」  加賀谷にささやかれ、遥はまぶたを閉ざす。  唇に押しつけられる加賀谷の唇の感触、そして遥に更に深い交わりを求める舌。  一瞬ここがどこかわからなくなる。ざわめきやどよめきを耳にしていてさえ、あのマンションの寝室やリビングや風呂場でしているような錯覚を覚える。  加賀谷の腕にしっかりと抱き留められて、遥は少し運ばれ、押し倒された。畳のような感触を背に感じる。  袴の紐がほどかれていくのがわかる。強引に引き下ろされた。  加賀谷が遥の首筋に唇を寄せている。 「どういうつもりだ」  そうささやく加賀谷の手が胸元深くまで差し込まれた。帯を解かずにされているので、位置のずれた帯が少し食い込んでいる。 「なぜいやだと言わなかった?」  加賀谷は、やはり怒っている。  遥は少し笑った。 「遥」  探し当てられた乳首に長襦袢の上から加賀谷の爪が立てられた。 「んっ」  体が跳ね上がる。  どよめきを遠く感じた。 「せっかく逃れるすべを与えてやったのに、お前は」  遥を責めるささやきは続く。  遥の体と着物に食い込む帯にじれたのか、加賀谷が荒っぽく遥をうつぶせにした。結び目をほどかれると、帯はたちまち頼りない布に戻る。  再び仰向けにもどされて、遥は胸元を大きく開かれた。  首筋から鎖骨へと加賀谷の唇と舌が這う。 「なぜそれをことごとく拒んだのだ?」  既に遥の体を知り尽くしている加賀谷に遥は翻弄される。首筋に歯を当てられる痛みさえ、甘い波を遥の体の中にわき起こらせる。 「答えろ、遥」  遥は加賀谷の首に腕をまわして引き寄せ、口づけをねだった。  しかし加賀谷はそれに応えてくれない。 「遥」  ついに遥は言い返した。 「ごちゃごちゃうるさい。キスさせろ」  加賀谷は呆気にとられた顔をしていた。  その顔に微笑みかけ、加賀谷の首にすがって背を浮かせると、自ら唇をあわせた。  冷やかすようなおおと言う声が下から聞こえた。 「招き寄せると言ったくせにしなかったな」  そうささやき返しながら背を戻し、よく見えない目で加賀谷を見つめる。  加賀谷が遥の喉元に唇を這わせながら、呻くように問いかけてきた。 「なぜだ」  遥は加賀谷の片手を取って、乱れた白い着物の中へ導いた。加賀谷の手が遥の欲望に張りつめたそれに触れ、びくっとした。引きかける手を遥はきつく握りしめ、ささやく。 「あんたが欲しいと思っちゃ、いけないのか」  加賀谷が喘ぐような息をしている。遥は加賀谷に目を見つめ、更にささやく。 「あんたがこうなることを望んだんだ。最後まで面倒を見ろよ」 「遥……」  遥は加賀谷の体から手を放し、まとわりつく着物から腕を抜いた。  それからうっとりと加賀谷を見上げて、甘ったれた口調で責めた。 「早くしてくれよ。体が冷える」  加賀谷が顔を歪めたようだった。  次の瞬間、遥は加賀谷の胸の中に抱き込まれていた。  加賀谷の体の震えを感じる。  遥は目をつぶり、ささやいた。 「あんたが俺からすべてを奪った。だからその埋め合わせをあんたにしてもらう。理屈にかなっているだろう?」

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