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加賀谷はもう袴姿ではなく、洋服だ。
さえ子に「ここはいい」と言って、彼女を立ち去らせた。
遥は上目に加賀谷を見る。
加賀谷がため息をついた。
「お前はいつも騒ぎを起こす」
加賀谷が遥の前に身をかがめた。
唇があわされる。
触れるだけかと思ったら、顎を捕まれ、舌をねじ込まれた。
遥の中の何かを目覚めさせる口づけだ。
思わず遥は加賀谷の首に腕をまわし、より深い快感を求めた。
何度も口づけをかわしながら、遥はベッドの上に引きずりあげられた。
互いの着ているものを脱がし合い、身を重ねる。
深く打ち込まれるものに遥は悦びの声をあげ、身をよじった。
遥は加賀谷の胸の中にすっぽりとおさまっている。
「なぜ凰になることを選んだ?」
遥は歌うように笑う。
「なれと最初に言ったのはあんただろ?」
「お前は望んでいなかった。だから拒絶のチャンスを与えたのに」
遥は思いきり力を込めて舌打ちした。
「だからあんたは独りよがりのエゴイストだって言うんだ」
加賀谷の抱擁から抜け出て身を起こすと、加賀谷の顔をにらみつけた。
「あんたの思うとおりに俺が動かないからって、どうしてすぐ理由を訊きたがる? そんなこと訊いたところで、何の得にもならないぜ。あんたは鳳で、俺を凰にしたかった。その通り俺は凰になった。あんたの始めの筋書きどおりだろうが。途中でちょこちょこシナリオを書き換えておいて、文句言うな」
加賀谷が目を伏せた。
「すまない」
遥は頬にかかる長い髪をかき上げた。
「あんた、前に言ったよな。俺の運命はあんたの運命に結びつけられたって」
「ああ」
「それ、間違ってるぜ」
遥は自分と加賀谷にかかっている上掛けを足元の方まで引きはがした。それから加賀谷の体にまたがり、その顔の両側に手をついた。
「俺の運命だけが、あんたに結びつけられたんじゃない。あんたの運命も俺に結びつけられたんだ」
加賀谷の目が見開かれた。
遥はにらむ。
「自分だけが加害者面してんなよ。あんたはとんでもない奴とつがいになったんだ。何度もレイプされた経験のある父親に育てられて、自分の容姿を嫌いつつ愛して、自分と父親を捨てた母親を心の底から憎んでいるろくでなしとだ。わかってんのか?」
遥は息を継いだ。
「あんたの言うとおり、俺はこの顔が大嫌いだ。父親そっくりだから見たくないと母親に捨てられたんだからな。好きになれるわけないだろう? ましてやこれと同じ顔の男が男に犯されているところを見たら――しかもその変態野郎に父さんが『お前がその顔で俺を誘ったんだ』なんて言われているのを聞いたら」
加賀谷が愕然とした顔で遥を見つめている。
小学生の遥は父が仕事を休んだ時に「見舞い」に来た男にレイプされたのを見てしまった。「大人しくしないなら、同じ顔の息子ちゃんの方でもいいんだぜ」と脅迫され、抵抗できず父が言いなりになったのを。
遥は歯を食いしばって、過去に飲み込まれそうになるのを堪えた。
「男を誘う顔だと言われて、必死に否定してきたのに、このざまだ。あんたに望まれて、あんたの思うようにセックスを仕込まれて。俺が毎日どんな思いで過ごしてきたと思う? いや。その前からだ。あんたに初めて犯された三年前から、毎日どんなに怯えて暮らしてきたか? ――あんたはそんな俺の運命にうかうかと足を突っ込んだんだ」
遥は加賀谷の髪をつかんだ。
「拒絶のチャンス? 甘ったれたこと言ってんなよ。あんたが俺から逃げるチャンスをなくしたんだ。絶対に逃がさない。いいか。覚えておけ。俺はあんたから絶対に離れないからな」
加賀谷の手が遥の手をそっとつかみ、自分の髪を放させた。
「これでフィフティ・フィフティと言うのだな。いいだろう。私もお前を手放す気はない。まさしくつがいにふさわしい関係だ」
遥はうなじに滑り込んだ加賀谷の手に引き寄せられた。
また口づけをかわす。ひと言を告げるたび、ひとつの口づけを与えあう。
「私たちはもう離れない」
「ああ」
「一生だ」
「俺かあんたか、どちらかが死ぬまでな」
「お前を死なせない。私も死なない」
「忘れんなよ、その言葉」
「お前もな」
言葉が途切れ、口づけだけが残った。
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