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薄暗くなり、部屋に明かりがともされた。
その中で身なりを整えた加賀谷に遥は訊ねた。
「父さんの遺骨をどこへやった?」
「俺が檀家総代を務める菩提寺に墓を建てて、そこに埋葬してある。お前の祖父母も一緒だ」
遥は加賀谷の顔をしばらく見つめた。それから顔を歪めた。
「何で勝手にそんなことしたんだよ」
「違法行為は承知の上だ。それとも骨壺のままずっとおいておけというのか?」
遥は唇を噛む。
「俺には、そんなこと、できなかった」
「当たり前だ。そう簡単にできてたまるか」
加賀谷が遥のパジャマの肩をつかんだ。真剣な眼差しだった。
「この件で勝手に動いたことは詫びる。お父上がお前にきれいな体のままでいてもらいたかったことはよく知っている。それを私は無視した。その償いをどうやってすればいいか考えたが、死者にできることはその程度しかなかったんだ。墓を建ててさしあげて、お前のことをお詫びして手を合わせることしかできなかった」
加賀谷が目を伏せ、遥から手を放した。
「自己満足だと言われても仕方がない。それしか私には考えつかなかったからな」
遥は自分に背を向けた加賀谷を見つめた。
「その墓って、どこにあるんだ?」
「ここのすぐ近くだ。歩いてでもいける」
「今すぐ行きたい」
加賀谷が振り向いた。
「明日にしろ。明日、加賀谷の墓へも報告に参ることになっている。私たちは一緒に行く」
遥は苦笑いを浮かべた。
加賀谷が顔をしかめる。
「何だ」
「墓の話なんかして、家族みたいだ」
加賀谷の返事はすぐに返ってこなかった。
遥は加賀谷を見上げる。
やっと加賀谷が口を開いた。静かなしかし厳しい口調だった。
「凰になるまで言えなかったことがある」
遥は疑問に首をかしげた。
「鳳と凰は家族以上の結びつきなのだ。鳳と凰は一族の中の頂点だ。当主の家族より凰の方が身分が高く、私は篤子よりお前を大切にし優先させる」
遥は息をのんだ。言葉が出ない。
「その代わりと言っては何だが、お前は存在することで私を守護し、私はお前をあらゆる危害から守る。それが我らの義務となった」
遥は呆然と視線をさまよわせた。
(家族よりも大切にされる存在? 俺が、この男の?)
遥が視線を加賀谷に戻すと、加賀谷は普段の調子を取り戻していた。
「しばらくは忙しいから、覚悟しておけ」
「どうして」
「私と一緒にまず加賀谷精機本社と取引先を回ってもらうからな」
「はぁ?」
呆れる遥に対し、加賀谷は大まじめだ。
「無論、加賀谷家の伝説を知っているきわめて近しい取引先だけだがな。それから親しい友人にも紹介をしなくてはなるまい。私のものだということをはっきりさせておかなくては。手を出されたら全力で叩きつぶすことになるが、友人をそんな目に遭わせたくはないからな」
「男の愛人を持ったって宣伝するのか」
加賀谷が大真面目に答えた。
「いや。家宝だ」
「セックスしかしてないぞ」
口答えすると、大袈裟に顔をしかめられた。
「ああ、その下品な口の利き方も何とかしなくてはならないな。礼儀作法も一通り身につけた方がいいだろう。東京に行ったら早急に手配しないといけない」
遥は頭を抱えた。
「何なんだよ、それは」
「とりあえずはよけいなことをしている暇はないはずだが、ゆくゆくは自分のしたいことを考えておけ。人間暇をもてあますとろくなことをしないからな」
言い返す気力もなくなった。
ふいに加賀谷が笑った。
「黙っていると、この上なく上品そうに見えるな」
「言ってろ。ちくしょう」
遥は乱暴にシーツに身を投げ出し、上掛けをかぶった。
髪に加賀谷の手を感じる。
「明日から分家衆が手のひらを返したかのようにお前に媚びを売ってくるだろうが、適当にあしらっておけ」
遥は上掛けをはいで、加賀谷を見上げた。
「桜木さんたちは世話係は終わりなのか? 全然知らない連中に取り替えられるのか?」
「桜木の家の者のことはいずれ私が何とかする。少なくとも東京では今までどおりだ。この本邸内では、我慢してくれ」
「桜木さん達はあんたの一族なんだろう? どうしてみんなして悪く言うんだよ」
加賀谷が真っ直ぐ遥の目を見つめた。
「正確にいえば、現在は一族内ではない」
遥は目を見開いた。加賀谷は辛そうに眉根を寄せた。
「詳細はいずれ必ず話す。今お前に言えるのは、あれらの親たちが我が加賀谷本家に対し、決して許されることのない裏切りを行ったからだ。それで納得していてくれ」
気圧されて頷くしかなかった。
「わかった」
加賀谷がふっと雰囲気を和らげた。遥の頬に触れ、また唇を重ねてきた。
「この後は宴席だ。本来ならお前が正式に凰となった祝いだからお前も出るべきだが、今夜はいい。ゆっくり休め。腹が減ったらさえ子を呼べ」
ベッドサイドのボタンを示されて、遥は肩をすくめた。
「自分の飯の仕度くらい自分でするのに」
加賀谷が苦笑しながらうなずいた。
「行ってくる」
「行ってらっしゃい――って、なんだか家族ごっこだな」
自分の言葉に遥は頬が熱くなるのを感じた。一方の加賀谷はその言葉に上げた片手と笑みで応え、寝室を出て行った。
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