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墓参(6)

 鼓動が速まっている。体が熱い。  慶浄と入れ替わりに植栽の向こうに行く。  そこに三メートル四方のほどのスペースがあった。柵に囲まれ、その柵に沿って手入れの行き届いた花が植えられている。真っ白な石が敷きつめられ、その中央やや奥にこぢんまりとした墓標が据えられていた。  遥は墓標の前に跪いた。  そこには「慈愛」と彫られていた。  その文字を遥は手で何度もなぞる。 「言葉は私が決めさせてもらった。これがお父上にふさわしいと思った」  目が熱くなり、そのままの熱を帯びた涙が頬を転げた。  父さん……  涙は後から後からあふれてきた。隆人がハンカチを渡そうとしたのを拒んだ。その仕草に遥の心情を察したのか、隆人が墓の前を去った。  遥は改めて墓石に向き直る。  約束を、守れなかったよ  胸が苦しい。しゃくり上げるばかりで息がうまくできない。  ティッシュが差し出された。斜め後ろに跪いていたのは俊介だった。悲しい目をしている。遥は受け取って洟《はな》をかんだ。ハンカチも差し出され、それで遥は涙を拭った。  ごめん。でも、生きて行くにはこうするより他なかった。言い訳でしかないけど。  線香の煙が漂い、香りがしてきた。俊介が用意したそれを遥は受け取ると、線香皿の上に置いた。目を閉じ両手を合わせる。  ごめん。また来るから。  そう話しかけつつも、目を開けるともう一度墓標を撫でた。  立ち去りがたい気持ちと、申し訳なさに消えたい気持ちが拮抗している。  誰も――隆人でさえも、遥を急かすことはなかった。  遥は立ち上がった。  墓標を囲う柵の外に出て、墓に深く頭を下げ再び両手を合わせた。  波だった心が何とか静まってきた。  遥は俊介に言った。 「帰る」 「かしこまりました」  植栽の陰から出ると、隆人が立っていた。桜谷隼人も一緒である。 「お待たせ」  遥は唇に笑みを作って見せる。  隆人が黙って頷いた。

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