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交代
朝食を食べ終え、緑茶を飲んでいたところへ、則之がやってきた。
「おはようございます。本日、湊は隆人様からのお呼び出しを受けましたので、わたくしが代わりを務めさせていただきます」
遥はぱちぱちと瞬きをした。
「隆人からねえ……」
上司の緊急の呼び出しなどろくでもないことに決まっている。茶碗を傾けながら、則之が世話係ボードの予定を貼り替えるのを見ていた。
世話係ボードは遥が提案して作らせた物だ。一週間分の世話係の名前が記載されている。当日の朝にならないと誰が来るのかわからないのが、何となくすっきりしなくてあらかじめ貼り出させることにしたのだ。
じっくり眺めていて気づいたことがあった。
「おい、それ、湊と俊介、やたら少なくないか?」
則之が振り返って頭を下げた。
「申し訳ございません。ただ今桜木の本家では話し合わなくてはならないことがございまして、このような予定になっております」
桜木本家――たった二人の兄と弟が話し合いとはいったいどんな重い内容なのか。たぶんそれには隆人や桜谷隼人が関わっていることだろう。
俊介のようすが変わったことは遥もすぐに気づいた。任務から帰ってきて世話係に復帰した直後からだ。
ぼんやりしたり、不意にそれまで見せなかった険しい表情を浮かべたりする事が出てきていた。
いったい何をやらせたんだよ、隆人。
いや、それは愚問かもしれない。
隆人からは桜木が当主護衛の他、暗殺などの後ろ暗い仕事をこなす家だと聞かされたのだ。
頭に血が上りやすい遥であるから「なぜ今の時代にそんな仕事を残しておくんだ」と責めはした。だが、隆人の望みを遥が祈って叶えるためには実行部隊が必要なのだと、冷静になってからは理解した。
認めたくはなかったが、裏の世界があることは水商売に携わっていた遥であるから、知っていた。
ただ、その実行部隊が、滝川家では複数人であるのに、桜木家では当主の俊介ただ一人と聞いて呆れた。桜木本家の長男というだけでどれだけ重い物を背負わされるのか。
知識や剣技を含む技術は一子相伝、血が絶えたら終わりという綱渡りのような家なのだ。
何を話しているか知らんけど、どうなっちまうのかな、あの二人
遥は茶碗を茶托に置いた。
――交代 了――
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