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だけど、出てきてしまうのは何故だろう。
何かの…。
兆しだろうか。
だとすれば、少し、不吉な感じもする。
しかし、儂は、聖霊界の穏やかな時間が好きな故、あまり事を立てたくないのが本音だ。
静寂な時間(とき)の流れに、身を任せている老人の楽しみは、こうして、精霊達と、会話しているのが一番、幸せ。
「イケイケだった時には、感じなかった感情だな…」
ー…あの頃の、オベロン様は、下界に降りて、忙しかったと、聞きます。
忙しいも何も…。
十九世紀のローマで開かれたオペラを、観に行っていた。
盛大な歓声の元に、出演者が、舞台挨拶をしていたのを思い浮かべる。
下界で、流行りだした事は、勿論、天界にも広まっていく。貴婦人方は、中世ヨーロッパあたりの格好をし始めた時じゃなかっただろうか。
「あの時代に『紳士』という言葉が流行ったのかもな…」
ー…ふふふっ。
「ティータニャも、流行りの格好に乗ろうとはしていたが…コルセットを、絞り上げるのが大変と、嘆いていた事を思い出すよ…」
ー…あら、テターニャ様ったら。
女性は、何かと準備に、忙しい。
化粧やら、洋服選びやらと。時間が掛かってしまう。
尚更、劇場に、オペラ鑑賞なんて言ったら。
着る洋服も、派手にしなければいけないのが、貴婦人の嗜み。
まぁ、それもあって、開演時は、一人で行ったんだけどな。
逆に…。
彼女を連れていったら。
儂が、嫉妬してしまう。
今も…。
変わらない美しさを持っている妻。
他人の瞳に、映すなど、言語道断。
そんな事を…。
思うなんて。
まだまだ、若い証拠かも知れない。
あぁ、これは“樹”皇女に内緒だ。
彼女の耳に入ったら、次は何で、脅されるか解ったものじゃない。
触らぬ神に祟り無しと、言ったもんだからな。
全て、聖霊界で、話した出来事だ。
皆が…。
胸にしまえる様に。
今日も、大切に、保管をしておこう。
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