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ー鳴澤家・ライラックの間 男性が部屋を出て行き、異様な空気が消えた為、穏やかな時間が流れ始めた。湯飲みに入った茶を啜る男性は、向かい側に座る鳴澤 奈篦の旦那にあたる鳴澤 詠清。 年齢差が、二十四離れている夫婦である。 「若君にも、困ったものだね…」 「単なる頑固で、馬鹿なだけよ」 『馬鹿』と、付け加えた彼女は、溜め息混じりに吐いた。 「…」 「趣味を活かして、夢を手に入れ、調べ物とか、得意な筈なのに。恋愛になると、猪突猛進というか、馬鹿なのよ」 「ふふっ、猪突猛進で、前が見えないのは、盲点だね。一応、小説を書いて、一躍浴びているんだから、もう少し、慎重さを心懸けて欲しいという切なる思いも、今は無理かな…」 「無理無理。あの子、文章での恋愛は、ありとあらゆる方法で表現するけど…。実際の恋愛では、上手く組み立てが出来ないの」 由緒正しき旧家育ちで、小説が唯一の表現方法である彼の性格を把握している女性は言う。 この方、恋愛という恋愛を見た事がないからだ。 外で遊んでいる訳ではないが、やはり、近寄ってくる女に対しては態度が冷たい気がする。 そういえば。 『香水臭い』と、言っていたわね。 帰ってきてからも、鼻の中に匂いが残っていると言っていたのを彼女は思い出した。

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