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2.義弟

 駐車場に車を入れると、傘を差すのももどかしく、玄関まで走った。  雷鳴は近づいてきている。  ポケットからキーを出し、ドアのロックを外す。 「彩子、ただいま、彩子」  そう言いながらドアを開けて、奥から出てきたのは彩子の弟の颯樹(さつき)だった。中高一貫校での一年後輩でもある。 「お帰り、義兄さん」 「ああ、来ていたのか。いらっしゃい」  ドアに鍵をかけた僕は、傘を傘立てに、バッグを上がり框において、すっかり濡れたジャケットを脱ぐ。 「彩子は? 昼間電話があったけれど、地震騒ぎで出られなくて」  靴を脱いで框に上がって、颯樹の前を通った直後、視界に何かが入り、そのまま真っ暗になった。ジャケットが足元に落ちた。 「な、何だこれ」  更にぐるぐると頭に巻かれるのがわかる。 「颯樹、ふざけないで、これを剥がせ」  自分でもずらそうとして上げた両の手首を、無理矢理背中側に回された。 「颯樹!」  手首同士をまとめてぐるぐると何かで巻き留められる。 「颯樹!」  背中を押されて、無様に膝から床に崩れた。  手に頭を撫でられる。 「やっと二人きりになれたね、義兄さん」  僕はその言葉にぞっとした。 「彩子は? 彩子はどうした?」 「二階へ行こうか」  二の腕をきつく掴まれ、立たされた。まるで方向感覚を失ってしまい、気がついたら階段につきあたった。 「さあ、上がるんだよ、義兄さん」 「颯樹、返事をしてくれ。彩子は、彩子をどうしたんだ」  階段を上らせる動きが止まった。 「義兄さんとは別れるそうですよ、姉は」  体の力が抜けて、支えられた。 「そんな……」 「義兄さんが思うほど、姉は誠実な女じゃありません」  目のあたりを撫でられた。 「目隠ししたのは義兄さんのためです。嫌なものを見なくて済むようにね」  不穏な言葉に吐き気がこみ上げて来る。  やっと階段を上がりきった。方向感覚がリセットされる。向かっているのは寝室だ。 「颯樹、何を考えているんだ。本当に彩子はどうしたんだ? まさか、出ていったのか?」 「まだいますよ。義兄さんにお別れを言わないなんて失礼は、この俺がさせません」  ほっとしたものかどうか迷う返事だった。今朝まで彩子が僕に不満を持っているなんて考えたこともなかった。

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