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異変

 俺の視界は間近にある白い天井と、静かにこちらを見つめる兼嗣しか見えない。 「……」 「……兼嗣?」  何その、笑ってるみたいな、何かに耐えてるみたいな、どこか泣きそうにも見える、表情。 ……初めて見た。どういう感情の顔だよ。  思い当たる節もなく、ただ不可解で。  天井が近くて狭いこの閉鎖的な空間に、ふたりでいるのが急に居心地が悪くなってくる。  足首を掴んだ手は力強くて、火照ったように熱い。  視線がかち合う。兼嗣に、真摯な目に、じっと見下ろされている。見られて、いる。  そう、気づいた瞬間、触れたそこからぶわりと熱が広がった。 「……っ、」  さらりとした温かな手のひらが、足首から脛を撫で、膝に置かれる。  兼嗣の挙動もだが、自分のこの反応も、意味が分からなかった。  やつの顔が、上体が。こっちに近付いてきて、何故かとてつもなく、焦る。  身体にのしかかる兼嗣の重みと温度を感じ、顔の横に片方の手をついてくる。ギシッと耳許で音がした。   いやいやいや……っ、待って待って、待て。 「……っや、なに……兼嗣……っ、!」  目の前が兼嗣の影で暗くなる。  どこを見ていいのかわからず、思わずぎゅっと目をつむって、両腕で顔の前をガードした。  しばらくもしないうちに、目を閉じてもわかるくらいに視界がふっと明るくなる。 「……どうしたの、みーちゃん」 「……へ?」  恐るおそる目を開けると、薄いエロ本を手にした兼嗣が、キョトンと俺を見下ろして首を傾げていた。  その顔はいつもどおりで、心の底からホッとする。 「そんな全力で防御しなくても、別に叩いたりしないよ?」 「……あ、いや、そういうわけじゃ……」 ……あっやべ、じゃあどういうわけだよ、ってなるわ。 「お前、フインキ……変だったし、恐いとかじゃねーけど、怒らせたかと思って」 「ふぅん……? みーちゃんも知ってると思うけど、俺タレ目すぎて、眠そうなスタンダードプードルって言われてるくらいだよ。無害だって。でもこれは没収ね」 「……ん」 「……そんな顔もするんだね、意外」 「……は?」 「ううん。何でもない。素直だなと思っただけ」  にっこりと言って、兼嗣はあっけなく俺から離れ、ベッドをおりていった。 ……なんだったんだ。今の台詞。部屋の空気。  そんで、なんで俺は、こんなに意識してんだよ……。

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