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【瓦解開始】side兼嗣
side 兼嗣
今日のみーちゃん、可愛かったなあ。
ほっそい足首を掴んだときの茫然とした表情も、彼の枕の横にあった同人誌をとったときの動揺した反応も、ほんとにめちゃめちゃ天使だった。
いつもみたいにただふざけていただけなのに、あんな表情が見れるとは。
覆い被さっただけで、顔の前を防御するような素振りで、真っ赤になって目を泳がせて。
今まで、そんな態度とったことないのに。
まさか俺のこと、意識してるんじゃないかって勘違いしそうになるレベルだったよ。
散々体重かけて凭れかかったり、短パンの裾をひらひらさせながら蹴ってきたりして、いつも俺にベタベタスキンシップとってくるのはみーちゃんのほうなのにね。
自分から触るのはいいのに、触られるのは慣れていないなんて、まるで野良猫みたい。
本当に可愛すぎて、わざとなのかな、なんて何度も何度も思ったことがあるけれど、それは絶対ありえないだろう。
彼のそういう、自分に素直でまっさらなところが好きになったんだ。
ベッドの上の、身体のどこかしらは密着してしまうくらいの狭い空間。
美しいテラリウムの中に閉じこめられたような、夢見心地な気分だった。
でもここで手を出したら、十年以上かけて築いた信用が水の泡だと、死ぬ気で勃起を我慢した自分を褒めたたえてあげたい。
風呂からあがって自室につくと、やっぱりもうみーちゃんはいなくなってて、代わりに同室の裕太がテレビの前で寛いでいた。
ああ、あのときは笑顔を取り繕って引き下がることに必死だったけど、忘れないうちにはやく日記にしたためなくては。
頭にタオルを乗せたまま、机の引き出しに手をかける。
「……あれ、ここの引き出し、鍵かけてなかった?」
「……ん?」
するりと開いた引き出しに、思わずぽつりと呟けば、裕太がテレビから目を離さずに反応する。
「……知ってる?」
「えぇ……、知らねえよ。んな人のとこ勝手に触らんでしょ」
「……だよね」
おかしいなあ。たしかに鍵はかけ忘れてたのかもしれないけど、俺は日記の上に同人誌を置いたはずなのに。
見ると日記のノートのほうが上に置いてあって、その下に同人誌の表紙が見えた。
多少の違和感を覚えながらも、椅子に座ってノートを手にとる。
──それからしばらくして、裕太が唐突に口を開く。
「そういや今日、お前の“みーちゃん”体調悪かったん?」
「えっ、そうなの?」
「え、それはお前のほうが知ってるだろ。俺が見たとき顔面蒼白って感じだったからさ。違うんだったらいいよ、気にしないで」
「……」
そう言って再びテレビに夢中になる。
それはたぶん、彼にとっては何気ない台詞だったんだろう。
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