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見て見ないふり

────…………  翌朝、登校する前に兼嗣の部屋によったら、いつもの寝汚なさはどこへやら、俺の存在に気付いた途端、やつはベッドから飛び起きて思いっきり天井に頭をぶつけた。  普段なら垂れた眠そうな目が、化け物でも見るみたいに大きく見開かれていたのが面白くてハッと鼻で笑う。  兼嗣は転げ落ちる勢いでベッドからおりてきて、でも何を言うかは決まっていなかったのか、オドオドと躊躇っている様子で。 『はよ支度しろ、行くぞ』  そう言って見上げると、兼嗣はどこかよそよそしくも安心したように微笑み、それからは簡単なもんで。  あっという間にいつもどおりの日常に戻った。 ──まあでも、全く思い出さないかと言えば嘘になる。  兼嗣の隣にいると、必然的にあの日記の内容を思い出すことは度々あった。  でもそれは、俺が黙っていれば済む話だ。  知らないふりを、これからもずっとし続けるだけ。別に難しいことじゃない。  それに今まで何もなかったんだから、これからもきっと何もないだろう。  いちいち詮索したり、意識するほどのことでもない。  何かあったら、それはそのとき全力で拒否ればいいだけ。  兼嗣なら俺の言葉を尊重してくれるだろう、と根拠のない自信があった。  いや……根拠はある。今までの言動や、こいつの性格を顧みれば当然だ。  自分がこんな、でかいだけのプードル野郎にどうにかされるなんて、想像がつかない。  そんな記憶も薄れかけていた。  あれから一ヶ月は経とうとしていたある日のことだった。 「──遠山ー、美夜飛いる?」 「んあ?」  風呂に入って、消灯までの自由時間。  兼嗣はロフトベッドの下にある自分の机でまた日記か絵でも描いていて。  俺はというと本来は兼嗣用の座椅子に胡座をかき、のんびりスマホをいじりながらバラエティー番組を観ていた。  同室の男は他の部屋に行っていて今は不在だ。  それぞれ適当に寛いでいたときにかけられた声の方向に、ふたりともほぼ同時に視線を向ける。  ドアにもたれかかるように立っていたのは廣瀬だった。

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