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ああ言えばこう言う

 俺は何も知らずに、いつも何も覚えていないくらい安眠していた。  だからきっと、毎回苦労してベッドと部屋を行き来していたであろう兼嗣の姿が健気な家来みたいで、笑えた。 「いいじゃねーか別に。なんだったら一緒に寝るか?」 「えっ……?」  兼嗣の、目を丸くした顔を見て、ハッと我に返る。  上機嫌だったせいで、つい口が滑った。  もちろんただの冗談のつもりだ。  でもその台詞を言った瞬間、やつの明らかに狼狽えた様子に、今の軽口はまずかったと後悔した。  約一ヶ月前の、妙に記憶に残った戯れが、今さらよみがえる。  照明の明かりを遮る兼嗣の身体。  俺を見つめる真摯な眼差し。  足首を掴まれたときの、手のひらの温度。 ──そして、日記の内容。  俺のことを、舐めたいとかエッチだとか書いていた。  詳しい文言は脳みそが理解するのを拒んで、文字が滑って頭に入らなかったのに。  今、このタイミングで思い出す。 「じょ、冗談に決まってるだろ。こんな狭いところでふたりも寝れるかよ」 「みーちゃんのこと、抱き枕にしたら大丈夫だと思うよ」 『腕の中に抑えこんで』 『爪先から全身まで舐めたい』  あの日記の文章が、呪いみたいに脳裏をよぎる。  心臓が、喉の奥のすぐそこにあるみたいに、どくんと跳ねた。 「ばっ、馬鹿か! 誰がそんな気持ち悪いことさせるか! つーか花岡は? キモすぎてあいつだって引くだろ」 「今日は帰ってこないよ。別室の友達とパーティーって言ってた」 「ベッド余ってんじゃねえか! だったら尚更、俺とお前が同じ布団で寝る意味が分かんねえっつーの!」 「無断で人のベッド使うのよくないでしょ」 「うっせえ! 許可とってこい!」  まくし立てて、焦りのせいで過敏に尖った神経が、怒りのように表面に出た。

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