69 / 123

見慣れた部屋

────…………  ハッと目を覚ました。   視界の位置がいつもより低くて、キョロキョロと眼球だけで辺りを探る。  壁に貼られた洋楽ロックバンドのポスターと、応援している球団のスポーツタオル。  廣瀬の趣味の観葉植物のでかい鉢植えと、たまに花を咲かせる窓際の小さなサボテン。  今にもテーブルから落ちそうなプリントの類いと、椅子にかかったままの自分のジーンズ。  見慣れた自室だったことに安堵した。  どうやら俺のベッドの布団をそのまま床に持ってきたようだった。  頭に何か乗っているらしく、視野の上部にチラチラ入ってくる。  手で触ってみると、それは生ぬるくなったハンドタオルで。 「──おう、起きたか」 「ひろせ……?」 「ちょうどタオル取り替えようとしてたとこ。今裕太が色々いりそうなもの買いに行ってる」  隣に胡座をかいて座りこみ、廣瀬は風呂場から持ってきたであろう桶に水を張って、別のタオルを絞る。  表情はいつもと同じく穏やかで、何だか妙に安心した。  枕元に置かれていた自分のスマホを見るともう夕方で、ずっと看病させていたのかと申し訳なく感じる。 「……そんな、いいよ。寝てれば治る」 「医務室か迷ったんだけど……」 「絶っ対いやだ。病人じゃねえから、ほんとに」 「だよな、言うと思った。寝れば治るとかいつの時代だって。気合いにも限度あるからな」  起き上がろうとした俺の肩をそっと押さえ、布団に逆戻りさせられる。  優男め……。こいつの彼女は幸せだろうな。  今だってすげえ優しい声で、仕方ないやつだなあって顔で俺に笑いかけてるの、自分で気づいてんのかな。 ……気づいてないんだろうな。  顔の造形もだけど、そういう内面からの余裕や思いやりがイケメンなんだよな。  羨ましさを飛びこえて、いっそ崇めたくなる。  大人しく布団に収まると、廣瀬は満足げに微笑んで、額にしっかりと絞った冷たいタオルを置いてきた。もはや兄ちゃんより母ちゃんって感じ。  いやな頭痛がすうっと引いていく気がして、目を瞑る。

ともだちにシェアしよう!