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キレイな思い出

 合意もなく自分を組み敷いた相手を逆に追いまわすなんて、期待や勘違いをされても困る。  兼嗣はそんなつもりなかったんだろうが、あいつが我を忘れて肩を掴んできたとき、本当に痛かったんだ。  いつもは穏やかな眠そうな目で、そんなイメージがないからこそ、力強さに圧倒されたし、本能的に負けたと思った。  だからあんな、いくら元ヤンでも俺よりさらに小さい美夜飛が本気で組み伏せられたら、きっと敵うはずがない。  俺なら恐くて、抵抗さえできないかもしれない。  もう尻穴くらい差し出してその場をやり過ごし、今後一切関わらないようにする。  でも兼嗣がそういう意味で興味があるのは美夜飛だけだ。  それが分かるから、俺は今も変わらず、兼嗣と友達のままでいられる。 「……なあ、こわくねえの」 「あ? なにが」 「兼嗣のこと」 「なんで」 「なんでって……君ねえ」 「……言いたいことは分かるよ。俺も最初は、いつも安眠してた抱き枕に、突然育ちすぎたズッキーニ生えてきたと思ったし」 「抱き枕に生える育ちすぎたズッキーニ……。ズッキーニが育ちすぎてるのか……それは……ほんとに恐ろしいな」 「想像絶するぞ、まじで。人の腕かと」 「ひえ……」 「そうなるよな? 俺も死ぬって思ったけど、まあなんとか生きてたわ」  おっかない。考えただけで背筋に冷たいものが走る。  血の気が引いて戦慄する俺に、美夜飛はいっそ開き直ったみたいに明るく笑ってみせた。 「……俺さ、前は結構、今よりもっと好き勝手生きてて」 「うん。らしいね」 「そんとき性格悪すぎてさ、わがままだっただろうし、いっときほんと、周りのやつらにハブられたことあんの」 「……まじで」 「まじで。でも兼嗣だけは……、そばにいたんだ」 ──黙ったまま、忠犬みてえに、そこにずっといた。  それに、長年使ってた抱き枕だから、愛着湧いちゃって。もう替えもきかねえしなあ。  そう言いながら、美夜飛がいたずらに笑う。

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