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優しい人
痛くない程度に、だけど少しひねったくらいでは解けないほどしっかりと掴まれた手首が、柔らかなビーズクッションに沈む。
背中だってそれのおかげで痛くないし、むやみに力を入れたり、体重をかけてくるようなこともない。
どこも痛くないし、あっという間に組み敷かれたわりには、優しい気遣いさえ感じさせる一連の流れに、いっそ感心した。
体勢的に、俺は姫かなんかかよ、と自分で突っ込みたくなるほどには、危機感はほとんど湧いてこない。
「美夜飛?」
緊張感が、全然ないんだ。
それってつまり、廣瀬にその気がないから。
いやらしさなんて微塵もない。
怪訝に首を傾げた、いつもと変わらない廣瀬の表情に、こらえきれず笑いがこみ上げた。
「ふ、はは……っ、」
だって、全てがあいつとは真逆だ。何もかも。
硬い股間をぐりぐり押しつけてはこないし、無理やり唇を奪うようなこともしないし、身ぐるみを剥いで噛みつくようなこともしない。
あるのは、余裕だ。
思いやりも、相手への配慮も、ちゃんと感じる。
何だか沸々と笑えてきた。
腹を抱えて声を立て、気が済んでから怪訝な顔の廣瀬を見上げる。
俺は安心したように微笑んだ。
「できないよ、廣瀬には」
「……」
「だって、お前、俺に勃たないじゃん。それは俺もだけど」
「そんなの、やってみなきゃ分かんないよ」
「分かるよ」
断定の口調で。
確信を持って、言った。
「……もっとギラギラしてるんだよ。本気のときは。食われるって、目ぇ見れば分かる」
──お前のそれは、ただの同情だ。
俺、男が好きなわけでも、そこまで押しに弱いわけでもないし、そんなことで自分を犠牲にするほど、人に献身的でもねえよ。
お前みたいに、優しい人間には、なれない。
男の性的な視線って、びっくりするくらい分かりやすくて、欲情した表情は、まさに飢えた狼みたいで。
……全身に、訴えかけられるんだ。
言わなくても、求められているのが伝わる。
兼嗣のとき、俺はそれに負けたんだ。
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