103 / 123

うまくいかない

──……  あれだけ脳内では何度もシュミレーションしたというのに、兼嗣と会ったタイミングが悪すぎた。  目を合わせた瞬間から、あいだに花岡を挟んで始まったのは、話し合いではなく口論で。  そんなことをしに来たんじゃないのに。せっかく絶好の機会があるのに。  動く口は止まらなかった。 「……ごめんね、裕太」  何が起きたのか分からなかった。  あまりにも話にならないから今回は体勢を立て直すため、俺は部屋を出て行こうとしたはずだった。  なのに頭上からの声が耳に届き、ハッとする。  気づいたときには花岡は部屋から追い出され、俺は兼嗣の腕のなかに取り残されていて。  背後でガチャリと鍵をかける音が、まるで外の世界と遮断されたみたいで、そこでやっと自分の状況を把握した。 「ってめ、はな、せ……っ」  身をよじると、ぐっと引き寄せられる力が、強い。腕が太い。立ちはだかる身体が分厚い。  しっかりと肩を抱かれ、圧迫感で息が詰まる。  少し身動いだくらいではビクともしない。 「……ごめん。やだ」  ぎゅう、と兼嗣の腕に力が入り、肩をすくめるように伸ばした背中と腕が潰され、軋む肉体に顔をしかめた。  そんなに、あの台詞が逆鱗に触れたのか。  あんな売り言葉に買い言葉で、こんな馬鹿げたことをするほど、俺が好きだってことじゃねえのか。 ……なのにどうして、こうなるんだ。 「いてぇよ、馬鹿力……っ!」  虚しさが苛立ちに転化する。  頭に血がのぼり、自分の両腕が引きつって痛むのも構わず、無理やりねじるように引き抜いた。  それでも胴体は腕の中から抜け出せず、好きにさせてたまるかとドンドンと腕や胸を叩き、もがいて、暴れる。  力比べは勝てないにしろ、無駄にでかい手のゴツゴツした指を一本ずつ掴んで引き剥がし、次いで振り払おうと離した上体を、また。 「っ、うぜぇ!」  手首を、肩を掴まれ、少しでも身体が離れると、また長い腕で絡みつくように捕らわれる。  兼嗣はダメージなんて全然感じていないみたいに、抑えこんだ俺の髪に鼻先を埋め、ふと胡乱げに呟いた。 「……なんか、いつもと違う匂いがする……。みーちゃんっぽくない」  は?なんっだそれ、急に……。 ──あ、え……、それって、まさか。

ともだちにシェアしよう!