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きっと距離が近すぎた
「……廣瀬の、ヘアオイル……?」
思わず口に出ていた。
それしか思い当たる節はない。
自分では鼻が慣れたのか何も匂いなんてしないのに、なんだこいつ。
なんでそんなことが分かるんだ。
検疫……っつか、麻薬の匂いを嗅ぎ分ける探知犬かよ。
そもそも俺の匂いってなんだ。まじで気持ち悪い。
紛れもなく、本心からそう思う。
それなのに、匂いを覚えるほど同じ時を重ねた年月が長く、距離感だって近すぎたことを、今になって思い知らされたような気分になって。
何故だかじわじわと羞恥心が溢れてきて、顔が、体温が熱くなった。
「また、廣瀬……?」
降ってきた低い声に、落ち着きのない揺れる目のまま見上げてしまい、視線がぶつかる。
兼嗣の懐疑的な声と目線に、このタイミングで真っ赤になるのはおかしいだろう、ととっさにうつ向いて顔を隠したが、間に合わなかった。
「……何それ、そんなにあいつがいいの?」
「……はっ?」
なんで、そう捉えるんだ。お前の目は節穴か。
ずっとそばにいたくせに。
幼少期から小学校も中学も高校も、一緒に成長して、何年も近くで見ていたくせに。
俺の気持ちなんて露知らず、兼嗣の顔がほの暗く淀み、陰鬱にかげる。
深い悲しみと劣等感で静かに燃える、不安げな双眸。
その目には、見覚えがありすぎた。
一週間前の、あの日の夜が想起され、強烈な危機感が警鐘を鳴らした。
また暴走されたら、あれの二の舞になってしまう。
そう身構えたのと同時、思っていたのとはむしろ逆に、肩を突き飛ばされて。
「──っぐ、!」
後ろにあったデスクチェアにガンッと勢いよく腰がぶつかる。
その衝撃で机の端にあったノートやペンケースが落ち、たくさんの音を立てて中身がフローリングに散らばった。
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