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薄氷の上
キャスター付きの椅子の背もたれを掴み、邪魔だし危ないから後ろ手に避難させる。
油断していて盛大によろけたが、勉強机がストッパーになって転倒は免れた。
「っ危ねぇな……」
声に怒気が混ざる。
正直、痛みよりも、驚きのほうが強かった。
そもそも尻もちをつくほどの威力もなかったけれど、あの時でさえ、無茶はされたが、乱暴にはされなかったのに。
はっきりと反抗──というか、手加減丸出しの、力を見せつけるような態度をとられたのは初めてだった。
「……っ、」
少なからずショックを受け、そのうえ兼嗣の怫然とした重々しい雰囲気に気圧され、警戒心から体勢が低くなっていた。
背後には、パソコンや教科書やノートの並ぶ頑丈な机がある。
ロフトベッド下のスペースは天井が低く、立ち上がることさえままならない。
逃げ場のない、身動きもとりづらいそんな狭いところにいるのはマズイと思った瞬間には、もう。
兼嗣の身体で、さらに狭い奥へと追いやられて。
「っ、こっち来んな……っ!」
勢いはなく、身をかがめて迫りくる図体は、まるで固く重厚な壁のようで。
こちらを見据える瞳も、何を考えているか分からない真っ暗闇で。
ずっと無言なのも、威圧感で怯みそうになる。
兼嗣は普段、いつもどこか俺の視線より下の位置にいた。
だから今まで、それほど身長差や体格差なんて気にしたことがなかった。
こいつも男だってことを意識させられるのは、いつだって、兼嗣が暴走したときだけだ。
──それって、こいつが少しでも我を忘れて本気を出したら、もともとあっという間に壊れてしまうような脆い関係でしかなかったってことなんだろうか。
兼嗣が冷静でいてくれないと、話さえできないのか。
一体、いつから。
いつの間にこんな、薄氷の上に立っていたんだろう。
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