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あいをかんじない
「……っ来んな、触んじゃねぇ……っうぁ!」
やつの両腕は軽々と俺を持ち上げると、重い荷物でも引き上げるように、乱雑で強引に机の上へと乗せた。
ゴトゴトと机のスチールの脚が危なげに揺れるのも構わず、ぐっと寄ってくるやつの胸を、肘を曲げた腕で牽制する。
あんまり暴れると天井に手をぶつけたり、ノートや本や無線のキーボードとマウス、とにかく机上にあるものが次々と落ちていって、ガチャガチャと激しく固い音を響かせた。
尻の下で、プリントがグシャリとひしゃげ、ビリビリ破れるような音がする。
身体が、顔が近い。
机の上に乗せられたせいで頭が当たりそうなほど天井が近い。
兼嗣が、俺を閉じこめるように両手を壁につく。
こんなに狭いと、まともに身動きもとれない。
「──ふざけんなっ、おいっ、やめ、いやだ……っ、頭おかしいだろお前……!」
性急な行動が恐ろしくなって、咆えるように叫ぶ。
近づく顔面を、兼嗣の頬を、バシィッと、平手で思いっきり打った。
──なのに、
「……頭、おかしいよ。分かってるよ」
感情のない低い声。野暮ったい前髪で見えない、兼嗣の表情。
一瞬の沈黙と静止のあと、こっちを見下ろしたやつは底冷えするような無表情で。
目を見開いて、息を飲む。
……お前、殴られてばっかだな。
そんで、避けることもなく、いつも律儀に受け入れてる。
免罪符だとでも思ってるのか、それが。
「……っいやだ……、」
顔が目と鼻の先まで近づく。
首を振って、顔を横に背けた。
そうしないとまた口付けられると思った。
ぎゅうっと目を瞑って肩を押しやると、その手を邪魔そうにきつく掴まれ、まとめて頭の上で壁に縫いつけられて。
「……っうぁ、やめ……ッ!」
鼻先が近づき、気配が頬を掠める。
そうしてやつが触れたのは、噛みついたのは、唇ではなく、無防備に晒された首筋だった。
その痛みよりも、胸の奥のほうが潰れそうだった。
前はもっと、たとえ暴れる腕が邪魔でも、手を繋いで、指を絡めて、熱を持つくらいに密着して、汗ばむほど温かくて。
拘束するというよりは、慰めるような仕草だった、のに。
……キスさえ、しないのか。
あの時より、ひどいじゃねえか。
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