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伝えるのって難しい

 思えば思うほどイライラして、兼嗣が向かった方向を早足で辿っていく。  廊下に出れば少なからず人目につく。  だから自室のように実力行使される心配はないだろうと追いかけてきたが……。  薄暗い寮内を見渡しながら兼嗣を探す。  トイレにもいないようだし、消灯時間の過ぎた、わずかな非常灯だけの廊下には人ひとり見当たらない。  食堂と大浴場は真逆の方向だから除外した。  もし他の部屋に入られたら探しようがないな、と思ったとき、洗濯室の電気がついていることに気づいた。  ドアのないそこは、ずらりと並んだドラム式洗濯機と乾燥機の他に、壁沿いに設置された自動販売機とベンチ、フロアの隅に作業台と脚の長い華奢な椅子がいくつかある。  職員室みたいな乳白色の電灯は何本か切れていて、暗闇の廊下から見るとそこだけ明るい。  田舎で見かける寂れたコインランドリーのような、湿り気をまとったくすんだ空気を感じた。  そこに足を踏み入れるより先に、中央のベンチに腰かけた兼嗣の後ろ姿が見える。  苛立ちは自然と鎮まり、だけどさらに軽く息を吸ってから、その背に近づいた。 「……ずっとそこにいるつもりか」 「……みーちゃん……」  兼嗣は俺の存在を足音で分かっていたみたいだった。  とくに驚くような素振りもなく、こちらを一瞥すると暗いうつむき加減でまた向こうを向いてしまう。 「……裕太は?」 「部屋に置いてきた」 「……そう」  開いた膝の間で両手を組み、項垂れる兼嗣の前にまわりこんで、目の前に立つ。  図体がでかくて普段は見えない頭頂部が見える。  つむじがどこか分からない、濃い茶色のくせ毛。  肩幅も、広い。服を着ていても分かる、羨ましい体格。  なんとなく頭突きでもしてやろうかと思ったが、やめた。  ここで抱きしめるのも、全然違う。  代わりに、こっちを見ろという意味で兼嗣の足許をつま先で小突いた。 「っわ、……な、何……?」 「……」  なんでもない、わけが、ない。  言いたいことは腐って捨てるほどある。  頭の中ではずっと悪態をついていた。  でもいざそのときが来てみれば、どれを何から言おうか迷って、結局無言になる。

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