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反省中の犬

 兼嗣は叱られた犬みたいに顔の全パーツを垂れさせて、飼い主の指示をあおぐように俺の顔色を窺う。 「……お前さ、なんでそんな余裕ないの」 「……っ、」 「いちいち嫉妬に狂ってたら身がもたねえぞ、俺も、お前もさ」  思った以上に落ち着いた声が出て、ひとまず自分に安堵する。  兼嗣は俺の視線から逃げて、ふい、と目を逸らす。  組まれた両手の指先が、小さく震えているのが見えた。 「今まではそんなじゃなかったじゃん。どうしたんだよ急に」 「……急じゃ、ないよ」 「……」 「急じゃない。ほんとはずっと、我慢してた。嫌だった。みーちゃんが廣瀬と仲良いのが心配だった。俺のせいで熱だしたのに、俺よりもあいつを頼ったとき、やっぱり敵わないって思ったし、さっきのことだって……っ」 「はやく自分のものにしないとって、思った?」 「っ!」  堰を切ったように話す兼嗣を遮ると、弾かれたように顔をあげる。ぽかんとした情けない双眸を、無表情で見下ろす。 ……男心だったら、俺にも分かるよ。  目をつけてた相手を他の誰かに盗られるのが、一番焦るよな。 「で、俺の醜態見れて、それで満足か? こんなもんかって、現実に気づいた?」 「……余計に、諦めつかなくなった」 ──何年も前から気が気じゃなかった。だってみーちゃん、いつも自然体だから。  言うこととやることに嘘がないから、そこに惹かれる人間は、たくさんいるんだよ。  よくもまあそんなことを本人に言えるな、みたいな台詞を吐いて、兼嗣は眉を下げたままじっとこちらを見上げる。 「……どうして、レイプじゃないって言ったの?」  あぁ……、前にお前が廣瀬と花岡の前で宣言したやつな。  何を正直に暴露してんだと、あれは腹が立った。 「……俺の矜持の問題」 「そう……、そっか。恥ずかしいもんね、男が男に、なんて知られるの、普通は嫌だよね」 「……はあ? 恥ずかしいとか嫌とかいう話じゃねえから。身体の傷はそのうち癒えるし、行為もいつかは慣れるだろうよ。けどな、そんときの最低な気分っつーのは、もう一生消えねぇんだよ」  あとお前が俺の気持ちを勝手に判断すんな。  推測はしろ。でもお前が決めるな。

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