114 / 123

恋人になるということ

 俺が怒っているのはこいつが無体を働いた事実だけ。  なにも人間性まで否定したいんじゃない。  今だけでいいから、なにか言い方を変えろ。 「……今まで、お前あんま自己主張してこなかったじゃん」 「……そうかな」 「ああ、大人しいしイエスマンだし、だから口うるせえ俺に何も言えなくて、無理してそばにいると思ってたことあるんだけど」  ふるふると、兼嗣が首を左右に否定する。  その仕草に少し、内心では安堵した。  握った手の力が抜け、ゆるく開く。 「……腑に落ちたよ。俺のためってより、ちゃんと自分のためだったんだな」 「……それ、どういう意味……?」 「なんで高校だけじゃなく専門までついてきたのか不可解だったから。県外だし、寮だし。理由が分かって、安心した。ちゃんとお前の意思だったって」  不純だろうが何だろうが、動機がシンプルでしっかりしている分、そっちのほうが信憑性あって、納得はできた。  だけど、個人的には複雑でもある。 「……けどよ、恋人になったら、距離おいたり別れたりっての、あるだろ。でも親友や幼なじみって、そういうのないじゃん」  友達や恋人はさ、作ろうと思えば作れるんだ。  でも幼なじみや親友なんてのは、きっともう運みたいなもので、作ろうと思っても、そう易々と作れるもんじゃない。 「だから、俺と恋人になったら、いつか別れがあるってことなのに。お前は俺と、そんなのになりたいのかって、おもった、正直」  本当の気持ちを吐露する。  大事なことだから嘘はつかない。気遣ったり、お前の機嫌を窺うようなこともしない。  この際もう全部言って、これで嫌われるのなら、仕方がないと受け入れようと思って腹の内をさらした。  兼嗣は眉根を八の字にし、切なそうに顔を歪ませる。  気弱で、根は優しいやつだって知ってる。  そんなやつを傷つけたのは俺だ。  それも、ちゃんと分かってる。分かってるから、痛い。心臓が、胸が、心の奥が、締めつけられて、壊れそうに軋む。

ともだちにシェアしよう!