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トラウマとトキメキ

 さすがにそこまで言うつもりはなくて、代わりに犬を撫でるみたいにわしゃわしゃと短い癖毛を両手で触った。  左右から挟むように頬を包めばむにゅっと顔が潰れて、ふっと鼻で笑う。 「変な顔」 「あの……、顔、触るのやめて……」 「なんで?」 「……キス、したくなるから。そしたらまた、我慢できなくなるよ、俺」 「ふは、そんな面じゃ格好つかねえな」 「……だったら手、離してよ。格好つけて、真剣に言うから」  やんわり腕を掴まれて、頬から手が引き離される。  兼嗣がじっとこちらを凝視して、据わった目に見つめられ、ちょっとギクリとした。 ……本当に欲しがってるんだ、これは。  トラウマとトキメキの狭間でドキマギして、反応に困る。 「……俺が“待て”って言ったら、やめられるか?」 「……へ?」 「返事は?」 「ぜ、善処します……」 「じゃあいいよ。すれば……?」  自分で許容したくせに、怖じ気づいて語尾が震えた。  突如ぐわっと浮遊感に包まれて、視界が一気に自分の身長をこえて、兼嗣よりも高くなる。  厚い身体と腕にしっかりと抱きかかえられてることに気づき、慌てた。  寝ているときならまだしも、起きてるときにここまでがっつり抱えられたのはほとんど初めてかもしれない。  俺の全体重を難なく持ち上げても安定感はそのまま。だけど性急に、やつは歩きだす。 「ちょ、なに……っ!」 「……だって、いいって言ったから」 「言ったけど……っ、」  前に数歩、俺にとっては後ろ向きにしばらく進んだところで止まり、兼嗣は腰を屈める。  尻にひやりと冷たく固い感触がする。  おろされた先は洗濯機の上だった。  動揺して脚がバタつくと、踵で洗濯機の開閉部分を蹴ってしまい、ガタガタと大きな音が鳴る。 「……っちょ、と、待て……っ」 「まだキスしてない。もう“待て”なの……?」  熱っぽい真摯な目でじっと見つめてくる。  あんまり動くと洗濯機が危なげに揺れて、バランスをとるために両手でそれぞれ角を掴む。  そこに、兼嗣の熱い手が重ねられた。 「……っ!」  かあっと全身の血液が滾って、顔に熱が集まる。

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