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第6夜第16話
「……別に」
「そう? 本当に?」
俺の腕を掴んで真剣に訊いてくる捺くんから視線を逸らし、立ちあがった。
「ビールとってくる」
もうすでに缶は空で、突然立ちあがったことにびっくりしているらしい捺くんに声をかけキッチンに向かう。
「……あ、あのさ……優斗さん」
俺の態度に"なにか言われた"のかと焦ったのか声が追いかけてきた。
「なに?」
「……えっと……あの……クロなんだけど……。あいつがなんか変なこと言っても無視して?」
「……」
"変なこと"って一体なんだろう。
クロくんが言っていた"俺とのこと"なんだろうか。
取りだしたビールを一本捺くんに手渡し、一本ゆっくり開ける。
「……大丈夫だよ」
「ほんと?」
俺が手渡したビールをキッチンカウンターに置いて、それでも心配そうに捺くんは俺に詰め寄ってきた。
なにがそんなに心配なんだろう……。
「―――……でも」
開けたはいいけれど飲む気になれずに一応口だけつけて視線を逸らした。
「捺くんは……ちょっと無防備すぎるんじゃないのかな。もっと警戒とか……」
「……は?」
意味がわからないといった声と、視線を感じる。
「えっと……無防備……って?」
なにも言うつもりも、言いたいこともなかったはずだった。
けれど胸の内がざわめいて、鉛でも押し込められたように重苦しくて気づいたらそう口を開いていた。
「いや……クロくんとその仲がいいのはわかるけど……、クロくんも捺くんと同じように友情だけとは限らないし」
ちらり捺くんを見ると唖然とした様子で立ちつくしている。
その目は混乱してるのかきょろきょろと考えるように動いていた。
「……え、……え?」
さっきまでの楽しかった空気が嘘のように沈む。
きっと捺くんはクロくんに友情以外の好意を持たれてるなんて思ってもいないだろう。
だけど俺の口からクロくんが捺くんをということを言いたくはない。
だけど―――。
「……えーと……クロは友達だし……、別にそれ以外……」
「向こうもそう思っているとは限らないんじゃないかな」
「だって……それじゃまるでクロが俺のこと……」
空気は重く沈んで沈んで、息苦しくなってくる。
立ちつくしたままの捺くんに、自分でこの流れを作った癖に動くことができない俺。
「……っと、え、っと……な、ない! あいつが俺を好きとか絶対ない!」
呆然としていた捺くんは弾かれたように顔を緩めて笑いだした。
「びっくりしたぁ! なに言いだすのかと思った! でもまじでないよ! ないない」
手を振って否定されて、やっぱりなにも気づいてなかったんだって思わされる。
「……なんで?」
「なんでって……だって、まじでないよ! ほんとないない。心配してくれてたの? でもほんっとないから!」
「……」
「それに……あいつの好みは―――」
「俺は捺くんに似合わないって言われたし」
「……は……?」
言うつもりがなかったことばかりが口をついて出ていく。
冷静にならなければと思うのに、信じているのに、楽観的な捺くんに苛立ちさえ感じてしまっていた。
カウンターに手をつき、焦ったように捺くんは俺を見つめてくる。
「似合わないって、クロがいったの?」
「そうだよ」
「優斗さんが俺に似合わないって?」
『あなたと捺って全然似合ってないですよね』
捺くんとクロくんの声が重なって思い出される。
「……そうだよ」
「いや、それ絶対勘違いだと思う。だってあいつは」
「なんで勘違い?」
「それはだって」
まるでクロくんをかばっているように聞こえる。
そういう風にしか聞こえない。
信じているのに、疑っていないけれど、不安がくすぶってしまうんだ。
困ったように言葉を続けようとする捺くんから顔を背け―――、
「俺も……そう思うし」
と言ってしまっていた。
沈黙が落ちる。
手にしたままのビールが邪魔に感じる。
冷たさが煩わしいけれど置くために動くことができない。
動いたら、余計なことを言ってしまいそうな気がする。
いやもうすでに言っているんだけど。
もっと――感情的になってしまいそうで。
「……そう思うって、なに……が?」
怖々とした声がかかって、胸が痛む。
こんな風に捺くんを不安にさせるようなことを言うつもりはなかったのに。
「……俺と捺くんが似合ってないってこと」
「な、なんで? 似合ってるよ、すっげー似合ってるって!!」
捺くんの手が伸びてきて俺の腕を掴む。
覗き込んできた目は混乱に揺れていた。
「俺は……捺くんより一回り上だし」
「歳なんてかんけーねーじゃん!!」
「捺くんは綺麗だし」
「……は?」
「頑張ってるし」
「……え、なに?」
抽象的すぎるかもしれない、けど、本心。
いつからだろう、俺が捺くんの頑張りを素直に喜べなくなったのは。
大学合格のときは喜べた。
大学に入って智紀の会社でバイトを初めて、いろんな資格を取り出して―――頑張りすぎるほど頑張って、ひとつひとつ足場を固めているのを見ているうちに、喜べなくなっていって。
「捺くんがいろんなことを頑張ってるのを知ってる。きっと就活もうまくいくよ。きっと希望する会社に入れる」
社会に入れば視野が広がる、人脈も広がる。
新しい世界でも捺くんは捺くんらしく輝けるだろう、いろんなチャンスを掴めるかもしれない。
困惑した様子の捺くんにそう言えば、さらに困惑したように眉を寄せた。
「あ、あの優斗さん……?」
俺の腕を掴む手に力が加わる。
「……ね、あのさ」
「捺くんは本当に一生懸命だから……」
「ね、優斗さん」
「捺くん」
本当は―――こんな形で話すつもりはなかったけど。
捺くんの手を取り、握りしめる。
「……俺とこのまま付き合っていていいの」
合わせた目。
綺麗な二重の目が大きく見開かれた。
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