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第6夜 第24話
携帯がメールを受信したのは5時半ごろ。
映画でも見ようかと思ったけれど特に見たいものもなく、図書館で時間をつぶし捺くんのバイトしているカフェレストランの近くに早めについたころだった。
『ごめん。今日残業になりそう。一時間くらい遅れるかもしれない。できるだけ早く上がるようにはするけど、どうする?』
今日予約しているのはこのあたりからそう遠くないところにある和風のダイニングバー。
個室もあって、静かだし雰囲気もよく料理も美味しいところだ。
個室だからふたりきりにはなるけれど、それでも"外"には代わりない。
『わかった。お店で先に飲んで待ってるよ。適当に食べているから気にしないで仕事頑張って』
返信しながら無意識にため息が出る。
ほんの少し会うのが長引いたことに安堵してしまっている部分がある。
なにを怖がっているんだろう。
数メートル先にある捺くんのバイト先を眺め踵を返した。
まだ予約の時間には早いけれど先に入っておこう。
酒がいくらか入っていれば話も―――……なんて思うのはやっぱり逃げだろうか。
今日だけでいったい何回目かわからないくらいのため息がまた出そうになって飲み込む。
まだまだ残暑の厳しい夕方の空気に汗ばむのを感じる。
「―――優斗さん」
頭の中は捺くんのことばかりで、だからその呼びかけを認識するのにしばらく時間がかかった。
後ろからかかった声。
俺の名を呼ぶ声。
捺くんじゃない、だけれど知った声はついこの前電話越しに聞いた声、だ。
「どうしたんですか、こんなところで」
続く言葉に声に頭がどんどん冷えていく。
振り向いて挨拶しなくちゃいけないのに、したくないと身体が拒否する。
そうしている間に足音が俺のすぐそばまで来て止まった。
「ああ、もしかして捺に会いに?」
無視するわけにはいかない。
だから顔をあげると、クロくんが口端を微かにあげ俺を見下ろしていた。
「……やあ、クロくん。俺は捺くんと約束していて」
「そういえばそうでしたね。昼、会ったときそんなこと言ってたな」
「……」
胸がざわめく。
昼に会ったんだということもだけれど、いまの時間もなぜ捺くんのバイト先の近くにいるんだろう。
どうでもいい、と思いながらも気にしている自分がいる。
「あれ? なんか元気ないですね?」
顔をのぞきこまれ見つめてくる目に、目を逸らす。
大人げない。
だけれど今日は捺くんと大事なことを話すつもりだったのに、ここで彼に会ったことが心を乱す。
捺くんの将来のために、と考えているのに、クロくんが捺くんと会っていると思うと"親友"だからしょうがないのにモヤモヤしてしまう。
もし俺と"別れた"あとに―――クロくんと―――……なんていうくだらないことが頭をよぎる。
馬鹿馬鹿しい。
馬鹿馬鹿しい、と思うのに。
「いや、別にそんなことないよ。じゃあ、俺は捺くんと待ち合わせあるから」
「え? でもあいつ残業になるみたいだけど。まだ連絡来てませんか?」
「……」
「変だな」
「……さっきメール来てて遅れることは知ってるよ。先に店に入っておこうと思っただけだから」
「ああ、そうですか」
きっと笑顔は作れてないだろう。
声も冷たくなってしまっている気がする。
だけれどクロくんは気にする様子もない。
「そうだ。じゃあ、あいつも終わるのにまだ時間かかるし……、少し話ししません?」
「え……?」
眉を思わず顰める俺に、クロくんは浮かべていた笑みを消して真っ直ぐに俺の目を見た。
「優斗さんに話があるんですよね、俺。……捺のことで」
「……」
俺は話すことはなにもない。
そう言いたかったのに、妙に真剣な空気が流れ―――頷くしかなかった。
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