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第6夜 第26話
なんで俺がクロくんにキスされてるんだ?
ありえない状況に混乱しかけるけれど、それよりも離れなければとクロくんの肩を押して引き離そうとした。
ぐっと力を入れて押すとほんの少し離れかけたのにあっという間に壁に強く押し付けられる。
クロくんは体格がいいし、高校でなにか運動でもしていたのか妙に力が強くて抵抗もままならない。
「……っ」
本当になんでこんなに力強いんだ?
やばい、とか、まずい、とか焦りばかりが増してなんとか拘束を振りほどこうとしていたら―――……。
廊下を走る音が響いたと思った途端、俺達のいる個室の戸が勢いよく開かれた。
クロくん越しに見えたのは息せき切っている捺くん。
驚いて目を見開く捺くんと目があうのと、戸の開いた音にクロくんが俺から離れるのが同時で、そして次の瞬間鈍い音が響いた。
「てっめぇ!! クロっ!! 何してんだよッ!!!」
狭い個室の中で、すぐに捺くんがクロくんを殴ったのだとわかった。
「ッ……てぇ。なんでお前いるんだよ、残業じゃねーのか」
頬を押さえながらクロくんを見上げると、捺くんが怒りをあらわに胸倉をつかみ上げる。
「な、捺くんっ」
暴力は、と言いかけた俺の声なんてかき消すような捺くんの怒鳴り声が重なる。
「こんのボケッ、卑怯なことしてんじゃねー!! 鈴木まで使いやがってッ! 俺の優斗さんに勝手に触んなッ!!」
もう一度殴ろうとした捺くんの手をクロくんがかわす。
けれど間髪いれず捺くんはクロくんの腹部を足蹴にした。
「ッてぇっ!! 蹴るなっ!」
「ああ?! テメェがふざけた真似してるからだろうがッ」
完全にキレてるらしくて、俺がはじめてみる形相で何度も蹴りを入れている。
「いてぇって言ってんだろッ! ボケッ」
「ボケはテメェだッ」
「うっせぇな! いいところだったのに邪魔すんなッ」
「はぁ!? 人の恋人に手出して邪魔もなんもあんのかっ」
「お前と優斗さんじゃ釣り合い取れねーんだよっ」
「ふたりとも落ち付いて」
「ああ? どこかだよ、お前目悪いんじゃねーの? 美男と美青年のカップルのどこがつりあってねーんだよっ」
「お前みたいなバカと大人な優斗さんがだよっ」
「バカにバカっていうやつがバカなんだぞ、お前がバカなんだよっ」
「じゃあそのバカにバカっていうテメェだってバカだろうがっ」
「……あの」
「だぁっ、うっせぇな、このウドの大木がッ」
「チビ猿がぎゃあぎゃあ言うなっ」
「……」
なんだろう、この二人。
どっちも本気で怒ってるみたいなんだけど……。
いやというか、クロくんってこんな子だったっけ。
正直……小学生のような口喧嘩に呆気にとられて、口を挟むことができない。
「だいたいな、俺と優斗さんはパーフェクトに釣り合ってんだよっ。お前と優斗さんのほうが全然釣り合わねぇよっ」
「ああ? お前みたいな顔だけ男より、俺みたいな知的で少し野性味のあるような男の方が優斗さんとバランス取れていいんだよッ」
「はぁあああ? クロ、お前知的とか自分で言う? どこが知的だよッ、テメェの場合キャラ作ってるだけだろーがッ」
「いちいちうっせぇヤツだな、お前は、とにかくとっとと別れろ。あとは俺が引き受けるから」
「テメェまじでいっぺん死んで来い。誰が別れンだよッ。お前が優斗さん満足させられるわけねーだろッ」
「満足? お前俺のテクを知らないだろうが。俺のテクをもってすれば優斗さんなんてイチコ……」
「バーカバーカ!!!!!! お前にテクなんてあるのか? 絶対ナイ!!!! お前より俺のほうが明らかにテクあるから。つーかお前なんて×××に×××って×××されて××したって、聞いたけど?」
「……」
「はぁ!? なんだそれ!!! んなわけあるか、ボケッ。俺が×××を××って、×××で××したんだよッ」
「……あの、ふたりともここお店だから……」
とてもじゃないけれど怒鳴り合いながら言う言葉じゃない卑猥なものが飛び交って、さすがに慌てる。
こんなに騒がしくしていたら隣の個室には筒抜けだろうし、店員も来てしまうかもしれない。
慌ててふたりの口論を止めようとするけれど、俺の声が聞こえてないのか睨みあいながら捺くんとクロくんは互いのベッドにおいてのテクニックを怒鳴っている。
「……捺くん、クロくん落ち付いて」
途方にくれながらも必死で宥めていると、開けたままの戸に人影が現れた。
店員さんだろうかと視線を向けるとノンフレームの眼鏡をかけた少し長めの黒髪の綺麗な青年と目が合う。
俺に会釈するその青年は初対面だけれど、写真では見たことがあって―――。
「クロ、捺―――うるさい、黙れ」
よく通る声が個室に響き、次の瞬間ぴたりと動きを止めたのはクロくんだった。
一瞬で顔を強張らせたクロくんが入口のほうを見て、青ざめる。
「……朱理」
やっぱり、とその青年がクロくんの恋人の朱理くんだと知った。
朱理くんは中に入ると後手に戸を閉めてクロくんに視線を止めた。
「……っ……な、なんでお前ここにいるんだよっ。捺、てめっ!」
「てめぇ、じゃないだろ。クロ。お前こそここでなにしてるんだ?」
捺くんに食ってかかろうとしたクロくんに冷静な声がかかる。
う、と言葉を詰まらせ視線を泳がせるクロくん。
「コイツ、俺の優斗さんにキスしやがった」
「あッ! 捺、てめっ」
「てめぇ、じゃないって言ってるだろう、クロ」
「……」
「……」
ぐ、とクロくんは口を噤んだ。
朱理くんはため息をひとつつくと向かいの席に正座して俺に向かって頭を下げてくる。
「クロがご迷惑かけてすみません」
「……え、あ……いや」
俺はと言えば壁に背をつけたまま呆然としていたから、慌てて座りなおして首を振る。
その横でクロくんは捺くんに首を引っ張られて退けられて俺のそばに捺くんが立つ。
ちらり見上げたけれど捺くんはクロくんを睨んでいて座る様子はなかった。
「クロ。お前も謝れ」
「……」
クロくんは不貞腐れたような表情で顔を背けている。
まるで悪戯を見つかったような子供のような態度にも見えて、これまでのクロくんのイメージが全部変わっていく。
というより……ふたりは恋人同士らしいけど……。
「友達の恋人にストーカーまがいのことまでしたうえにキスまでして、お前がここまで馬鹿だとは思わなかったな」
「ストーカーじゃねぇ!」
「人の会話盗み聞きして、捺に残業させるよう仕向けて、偶然出くわしたふりして無理やり付き合わせて、無理やりキスして。お前、最悪だぞ」
朱理くんの口調は淡々としていてそこに怒りだとか呆れだとかは見えない。
冷静すぎて、だから逆に少し怖いような気もしないではない。
クロくんが俺に会いにきたらしいいきさつをなんとなく知り、複雑な気分になりながらもふたりの動向を見守る。
「……早く謝れ、ボケ」
痺れを切らしたように捺くんが低い声で割って入るとクロくんの肩を足蹴にした。
クロくんは舌打ちして睨み返している。
「キスのひとつやふたつ減るもんじゃねーし、別にいーだろ!」
「はぁ? 減るんだよッ! てめぇの馬鹿菌が優斗さんに感染したらどうすんだよッ」
「ああ? なにが馬鹿菌だ、ボケっ」
「うるさいよ、ふたりとも。だけど、キスはやりすぎだよ。クロ」
「……ッ、しょーがねーだろっ、困ってる優斗さんが可愛かったからついムラムラしたんだよっ」
「可愛かったとかテメェが言うな、バカクロ!!! ドMのくせに優斗さん困らせてムラムラしてんじゃねーよ!!!」
「ドMじゃねぇ!!」
「……」
……ドM?
思わずクロくんのほうを見るとちょうど目があって、途端に顔を赤くしてクロくんは顔を背けた。
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