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第13話
「お前、家どこだ?」
エレベーターの中で訊かれて答えたら、俺がいつも利用する二駅手前の駅までなら送ってやるって言われて迷ったけど頷いた。
マンションの地下駐車場にある松原の車は2台外車で1台は国産の軽。
「……松原って……金持ちなんだな」
この前見かけた白のBMWの助手席に乗って、シートの座り心地の良さにため息が出た。
「まぁな」
エンジンをかけながら、謙遜することなく松原は平然と返事をする。
車を発進させながらウィンドウを少し開いて煙草を咥えている。
その慣れた流れが……無駄にカッコよくてなんかむかつく。
「……俺にも煙草ちょーだい」
手を差し出すと横目に見て「駄目だ」って即答。
「なんでだよ。酒はよくて煙草はだめなのかよ!」
思わず言って、あ……って自分から昨日のことを思い出すようなことを言ってしまったって後悔する。
だけど松原はとくに気にした様子はなかった。
「あれは俺の部屋の中だったからいーんだよ」
「意味わかんねーよ。ケチ」
ムッと口を尖らせて上目ににらむ。
紫煙をくゆらせながらハンドルを握っていた松原は俺に向けて煙を吐き出した。
顔面に直撃してむせてしまうと鼻で笑われた。
「お前は煙でも吸ってろ」
「副流煙も身体に悪いんだぞ」
言い返したら今度はゲラゲラと笑われた。
「こんの……ドS」
ぼそり呟いたらまた煙を吹きかけられて、……黙った。
こいつ本当にもと教師かよ!?
学校にいたころのくそ真面目な冷血教師って言われてたけど、どこが真面目だよって感じだ。
でも――そんな松原も嫌いじゃない。
……だあ!!!
また乙女チック発想になってるし!
深いため息をついて流れる景色を眺めた。
車の中に流れてるのは俺もアルバムを持っている海外アーティストの曲だった。
つい口ずさんでいるとふっと横で笑う気配。
ちょっと恥ずかしくてムッとしたけど、逆にわざとでかい声で歌ってやったら殴られた。
「……ってぇ!」
「うっせぇんだよ」
「くそじじい」
「エロ猿」
めちゃくちゃドキッとして、喉が詰まったけど、頑張って言い返す。
「……鬼畜」
「ガキ」
「オヤジ」
「あほ」
「ばか」
「まぬけ」
「でべそ!」
なんか一体何の言いあいなのかわけわかんなくなってきたけど、まるで子供のケンカみたいにくだんねーことを応酬し続けてった。
それから20分くらいして車は止まった。
降りなきゃいけないんだ、って思うとさびしくなる。
でもそんなん一ミリだって気づかれたくなかったからすぐに車から降りた。
「ドーモ、アリガトウゴザイマシタ」
わざとカタコトで言って頭を下げてみる。
「宿代は出世払いでいい」
「……」
最後まで食えないやつ!
「じゃーな!」
悪態つける余裕があるうちにとっとと松原から離れたかった。
「――向井」
そんな俺を呼びとめる松原。
振り返ると、「忘れものだ」って紙袋を窓越しに差し出される。
「忘れ物……?」
「それ結構高いんだからな? ちゃんと戻しておけよ」
中を見ると、昨日俺が持ってきたプレミア焼酎だった。
「え、なんで!?」
昨日確かに飲んだはずなのに。
驚いて松原を見ると、軽く笑いを返される。
「俺も同じの持ってたんだよ」
「で、でも」
土産だったんだし、って俺の言葉は一蹴される。
「盗難品は受け付けません」
ちゃんと戻しておけ、ってもう一度釘を刺された。
「………わかった」
なんか松原って―――……ずるいよな。
ドSで鬼畜で変態のくせに(って俺が言える義理ないけど)、なんだかんだやることかっこよすぎんだよ……。
ぎゅっと紙袋の持ち手を握りしめて、もう片手で車の窓枠に手を置いた。
「……あの、さ……松原」
なにを言いたいのか自分でもわかんねー。
好きかもしれない、なんて言うつもりか?
昨日のことを謝るつもりか?
自分に問いかける。
「……俺……」
続く言葉はなかなか出てこなくって、そんな俺を松原は黙って見ている。
「……あの」
「なぁ、向井」
「……なに」
「お前、16だろ?」
「うん」
松原は俺を見上げて新しい煙草を口に咥えながら、にやっと意地悪な笑みを浮かべた。
「若いんだから、悩むだけ悩みまくってとことん苦しめ」
「……ハァ!??」
なんだよそれ!?
「せいぜい悩め、エロ猿」
言い終わるなりふっと煙を吐きつけられる。
同時にエンジン音が響いて、
「じゃあな」
軽く手を上げると俺の返事も聞かずに松原は車を走らせていってしまった。
駅のロータリーに取り残された俺は呆然としばらくの間立ちつくしてた。
我に返ったのは、ポケットにいれてたケータイが振動してから。
ハッとしてケータイを取り出すと新着メールが一件。
ちょっとドキドキしながら見たそれは―――オカマのミッキーからだった……。
『なっちゃーん! どう? 熱い夜過ごせたぁ!? あの媚薬超強力だから朝まで♪楽しめたでしょう~☆』
「……」
オカマめ!!!
ちょっと八つ当たり気味にメール消去しちゃったりしながら、気づいた。
媚薬……超強力?
でも――松原は一回だけしか……。
「……なんだよ、ほんっと……俺ばかみたい」
力が抜けてその場に座り込んだ。
もう何回も思って何回もわかってたけど――やっぱり俺はあいつの目の端にもかかんねーんだなって実感した。
「悩むだけ悩め……か」
あいつのことだから、きっと気づいたんじゃないかなって気がした。
散々悩んで苦しんだら……気持の整理つくのかな?
「……好き……だよ……たぶん」
車が去っていった方向に視線を向けて――俺は呟いた。
***第一夜 性少年の苦悩・END***
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