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第21話

「……は?」  ちょっと遠慮がちに優斗さんが俺を見ている。  一瞬意味がわかねーで、呆けてたけどすぐに実優ちゃんを好きだったことを思い出す。  そして優斗さんが……そのことを知ってるんだってことを、知った。 「え……と」  咄嗟に言葉がでなくって視線を泳がせてしまう。  優斗さんは苦笑いを浮かべた。 「ごめんね、急に。あんまりにも捺くんが楽しそうに実優のことを喋っているから……」 「……」  なんだろう?  優斗さんはほんとうに『ごめんね』とでもいうような顔をしてる。  それは"実優が振ってしまってごめん"、みたいな。  実優ちゃんの代わりに謝っているような……。  いや、え?  ていうかさ、俺が喋ってたのってこの人のため……なんだけど。 「俺は……あの優斗さんが……実優ちゃんのこと聞きたいのかな……て思って」  戸惑ったように言うと、優斗さんは少しして「ああ」と理解したように小さく笑った。 「気を使ってくれたんだね、ありがとう」 「……いえ」 「そっか……じゃあ、もういいの?」 「へ?」 「実優」 「……」 「そんなに簡単に好きになった子を忘れられないよね」 「……」  ……う。  なんかそう言われるとグサッとくる。  でも別に簡単に……とかじゃないけど。  ……え、いや、簡単か?  ディープキスされて好きになっちゃうなんて、俺って簡単すぎ!? 「……自然と気持ちの整理がつくのを待つのが一番なのかなぁ」  コーヒーを飲みながら優しい表情で優斗さんは俺に話し続ける。 「あの二人は絶対に別れないだろうし」  とても想いあってるからね、と少し目を伏せた優斗さん。  わかってるけど、そう言われると胸がキリキリする。 「……俺は、別に……、ただ……」  ただ――どうすればいいのかわかんねーだけ……。  好き、だと思う。  でもあきらめなきゃって思う。  なのに、気づいたら考えてしまってて。 「……好きなんだね」  優斗さんの声にハッとした。  視線を向けると、複雑な表情をしている優斗さんと目があって、俺は思わず目を逸らしてしまった。 「……俺……」 「……無理しなくていいよ、捺くん。しょうがないよね、同じクラスなら毎日会うだろうし」 「……え? 全然会えないですけど?」 「……え?」 「……え?」  え――……、ああああ!  やべー!!!  俺、いま勘違いして素直に喋ってた!  や、やばい!? 「ち、ち、ちがいますよ!? そんなわけないじゃないですか! お、俺が、ま、松原のこと、好きなわけなんてあるわけないじゃないですか!!!」 「……」 「……」  俺、ばかー!!! なにいきなり言ってんだよー!!  ぽかんってして優斗さんがめちゃくちゃ俺のこと見てる。  自分のバカさと恥ずかしさに一気に顔が赤くなるのがわかった。 「そっか……捺くん、松原さんのことが好きなんだね」  しばらくしてしみじみとした優斗さんが呟いた。俺は顔をあげれなくって床を見つめる。  すっげぇ、恥ずかしい。  ありえないだろ、俺ー!  実優ちゃんの叔父さんに、実優ちゃんの恋人が好きだってバレてしまった。  しかも男を――って、絶対引いてるよな……。  いまの状況をどうすればいいのかなんてさっぱりわかんねぇ。  部屋の中はしーんと静まりかえってて、優斗さんがどんな表情をしているのかわからないけど、とにかく居心地が悪い。 「いつから?」  沈黙を破って優斗さんが訊いてきた。  俺はやっぱり答えきれなくって、ひたすら床を見続ける。 「初対面の相手に答えられないよね」  黙りこむ俺に、少しさびしそうな声が聞こえてきてびっくりして顔を上げた。 「ち、ちが……」  実際初対面だし、自分の恋愛をべらべら喋るのもどうかと思うけど、でも眉をちょっと下げて俺を見ていた優斗さんを見ると、黙っていることが申し訳なくなってしまう。 「無理しなくっていいよ」  優しく優斗さんはほほ笑む。  裏なんてなさそうな優斗さんの笑顔は重かった空気を変えてくれる。  やっぱりこの人良い人なんだなぁ。  俺が男の松原のことを好きだって言っているのに、全然気にしている様子もなくって、純粋に相談にのってくれそうな優斗さんに気持ちがちょっと落ち着く気がした。 「……いえ……あの、俺……前にみんなで実優ちゃんのマンションに遊びにいったときに……」  罰ゲームでディープキスをして好きになった、なんて言えないから言葉は途中で途切れてしまった。  なんて説明すればいいんだろう?  なんとなく好きになってしまった?、とか?  うーん……。  だけど悩む俺に、耳を疑う言葉が――降りかかってくる。 「ああ。もしかして例のディープキスで松原さんに落とされちゃったとか?」 「……」  え。  え……。 「ええええ!?」  びっくりして、思わずソファーから立ちあがってしまう。 「な、なんで知って……!」  しかも図星だし!!  呆然とする俺に、優斗さんは苦笑して、ポケットからスマホを取り出した。  ……ま、まさか。 「実優が保管してて欲しいって、例のムービーを俺のスマホにいれててね」 「……」  み、実優ちゃーん!!!  君、なんてことを……。  青くなればいいのか赤くなればいいのかわからない。  優斗さんは困ったような顔をしながら――なぜか、スマホを弄り始めた。 「……」  なにしてんだろ。  まさか……だよな?  ふと浮かんだ疑惑を振り払っていた俺の耳にしばらくして入ってきたのは――つい一か月前までは毎日のように聞いていた俺の……喘ぎに似た声だった。

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