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第35話
スプリングが軋むのを感じながら、
「なんでもないです……」
って視線を逸らして答えた。
よく冷えたミネラルウォーターを飲むと冷たい水が身体の内側を下りていく感触にほっと息をつく。
「まだ朝の8時だし、寝てていいよ?」
優斗さんの手が伸びてくる。
ドキドキしてしまう俺の頭をその手が優しく撫でる。
「……えと、でも」
「なにか用事ある?」
「別に……っていうか! 優斗さん仕事は!?」
俺は夏休みだけど、優斗さんはサラリーマンだよな!
焦る俺に優斗さんはやっぱり優しく微笑んだ。
「今日は土曜日でお休みだよ」
「あ……」
ずっと休みだから曜日の感覚がなくなってて気づかなかった。
とりあえず優斗さんに迷惑かかってなくってほっとした。
「だからもうちょっと休んでおこうか?」
そう言って優斗さんが俺の手からペットボトルをとってサイドテーブルに置くと、俺の肩を抱き寄せてベッドに倒れ込んだ。
ふたりで寄り添うように横になったかたち。
「……」
「俺もちょっと疲れちゃったから寝るね。おやすみ」
まるで恋人みたいに抱き寄せられて優斗さんが耳元で囁いてくる。
俺も優斗さんも下は履いてるけど上はなにも着てなくって、互いの肌が触れ合ってる状態で。
それにバカみたいにドキドキしながら、しょうがなく俺も「……おやすみなさい」って言った。
めっちゃ激しい心臓の音が優斗さんに響いてるんじゃないかってすごく気になったけど、しばらくすると優斗さんの寝息が聞こえてきた。
俺も結局その寝息に誘われるように眠気を覚えて、いつの間にか眠ってしまっていた。
「じゃあ、またね捺くん」
わざわざ俺の家まで車で送ってもらったのはもう夕方になったころだった。
朝二度寝して次に目覚めたのは昼で。
それから昼ごはん食べて、なんかよくわからないまままったり過ごしてしまってた。
そして――。
「は、はい。ありがとうございました」
運転席の優斗さんに頭を下げる。
『また』なんてことあるのかなって考えながら。
優斗さんは軽く手を振って車を走らせて行った。
それが見えなくなるまで立ちつくして、家に入った。
買い物にでも出かけてるのか家には誰もいなくって、部屋に行くとすぐにベッドに寝転がった。
ズボンのポケットからスマホを取り出す。
――1か月前、俺は松原とのムービーをケータイから削除した。
そして今日……このスマホには新しい番号が登録されてる。
優斗さんのメアドと番号が。
だけど……。
画面上に表示させた優斗さんの情報を眺めながら、この番号とアドレスが着信を知らせることはねーだろうなって気がした。
だって昨日のことは優斗さんにとっては気まぐれに決まってる。
優斗さんの好きな子は実優ちゃんなんだし。
俺はその実優ちゃんの友達だし。
それに……男だし。
きっと昨日俺とシたのは……なんかわかんねーけど、気の迷いってやつなんだろう。
俺は……俺も……そう、なんだろうし。
ため息が出て、スマホを閉じた。
大の字になって目をつむる。
朝に比べたら腰や後ろの痛みもだいぶマシになってて一安心なんだけど――……。
「……ッ、あああ~! もう!!」
一人になったとたんに、目を閉じた途端に思い出してしまうのは昨日のこと。
ありえないくらい気持ちよかった絶頂の感覚とか、優斗さんの動きとか妖しい笑顔とかで。
どうしようもなく身体中がざわついてしょうがなかった。
――忘れよう!
全部!
だって、もう優斗さんと会うことはないだろうから。
優斗さんのことも、あの快感も、全部忘れないとヤバい気がした。
なのに。
俺はあの快感に囚われて――目隠しされてなにも見えなくなってしまってることに気づかないでいた。
第2夜『性少年のジレンマ』END.
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