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第66話

「本当にここでいいの?」  家まで送るって言ってくれたけど、俺は家の近くの駅でいいって下ろしてもらった。  駅から家までは歩いて10分くらいだし――。 「うん。ほんとに大丈夫。コンビニも寄ってきたいから」 「そう」  運転席の全開になった窓枠に手を置いて頷く俺に、智紀さんはいつものように爽やかな笑顔。  いつもと変わらない、ようなのに、前までとは全然違う。 「また会ってくれる、かな?」  悪戯っぽく目を細める智紀さんに、俺は視線を泳がせて。  でも……頷く。 「……ん。あの、でも……」  セックスは――って、言いかけて、こんな夕方の駅前で言っていいのかって口を無意味にパクパクさせるヘタレな俺。  智紀さんはたぶん俺の言いたいことはわかったんだろう。  ふっと小さく笑うと、 「できるだけ善処するよ」  って言った。  できるだけ、って……。  なんかすげぇ身の危険を感じるんですけどー……。 「ああ、そうだ捺くん」  思わず頬を引き攣らせる俺に、軽く智紀さんが手招きする。  なんだろう、と素直な俺は腰を折って――、智紀さんにぐいっと腕を引っ張られた。  窓から車内に少し上半身が引きずり込まれたようになって。  驚いた途端に、 「……っ、ん」  口を塞がれた。  舌が素早く入ってきて、俺の舌に絡まってくる。  もう今日一日で何十回もしたキスに、勝手に身体が反応しちまう。 「……ン……っ、……ふ」  頭が熱くなる深いキス。  咥内で舌と唾液が渡る音がくちゅくちゅと脳内に響いて。  ――ヤバイ。  そう思ったとき、解放された。 「……ッ、智紀さんっ!!」  もうちょっとで反応しそうだった息子を気にしながら、腕で口元を覆う。 「ごちそうさま」  悪びれもしないでしれっとウィンクする智紀さんに呆れるっていうかなんていうか。  だー! もうー!!! 「こんな人通りの多いとこで!!」 「気にしない気にしない」  もうすぐ7時の土曜の駅前は人が多い。  つーか、絶対何人かには見られたはずだ。 「智紀さん~!!」 「じゃあね、捺くん」  俺がさらに食ってかかろうとすると、ひらり手を振ってアクセルを踏む。 「また連絡するよ」 「とも……」  そしてバイバイって、言ってあっさりと智紀さんは車を発進させて、俺が呆気にとられている間に走り去っていってしまった。  俺はぼうっとその場で立ちつくして見送って、車が見えなくなってからため息をついた。  なんか……ほんっと、今日一日智紀さんに振り回されたような気がする。  最後の最後まであんなんだし。  でも――それでも、なんか嫌いになれはしないんだけど。 「あー……なんか辛いもん食いてえ」  なんとなく頭すっきりできるような刺激が欲しくってコンビニで超強烈そうなブラックガム買った。  それ食いながら家へと歩き出す。  めっちゃくちゃ辛くて苦いガムに、顔をしかめながら――……ポケットからケータイを取り出した。  時間を見る。まだ7時。  優斗さんは早くて8時くらいって言ってたから、まだ1時間はあるんだけど。 「……会えるわけねーよな」  昨日までの会いたいような、会いにくいような、それだけじゃなくて。  俺の身体にまとわりつく倦怠感と、染みついてるような気がする……智紀さんの香り。 「……メール…しておこ……」  またため息ついて、メール作成の画面を表示させた。  優斗さんのアドレス選んで、なんて送ればいいのか、迷って。  悩んで、悩んで――。 『ちょっと体調悪くなったから今日はキャンセルさせてください』  なんつー、しょうもない内容に落ち着いて。  送信ボタンに指かけて――……。 「――捺くん」  送信、を。 「捺くん?」  優斗さんに。 「……」  え。  ……え?  勢いよく声のしたほうを振り向く。  俺のすぐそばにゆっくりと止まった黒い車。  もう、何回も乗ったことのある――優斗さんの車。 「久しぶりだね」 「……」  優しく微笑む、優斗さんがいた。

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