67 / 191
第67話
俺は、とっさにスマホをポケットにねじ込んで、強張った顔に無理やり笑顔を作った。
絶対顔、ひきつってる。
わかっててもどうすることもできない。
「……早かったんだ……?」
「意外に早く終わってね。ああ、もっと早く電話すればよかったかな」
一旦言葉を切って、優斗さんは首を傾げて目を細めた。
「出かけてたんだね」
べつに、その言葉に意味なんてないのに。
後ろめたさと……罪悪感に、俺は視線を逸らしながらやっぱりひきつったまま笑うことしかできなかった。
「……コンビニまで行ってて」
「そうなんだ。――捺くん」
「な、なに?」
自然にしなけりゃなんねーのに、いちいちびくつく自分に嫌気がさす。
「車、乗らないの?」
「……あ。……うん」
一瞬迷ったけど、優斗さんの笑顔に断ることなんて出来なくて言われるままに助手席に乗り込んだ。
乗ったとたんに懐かしい匂いに包まれてホッとして――でも、ズキズキ胸のあたりが痛む。
乗ってしまったけど、どうしようって正直思った。
一か月ぶりだし、つーか前まではいつもだったけど、絶対泊りだよな。
会ってしまえばもうしょうがねーって思いもするんだけど、どうしてもなんか自分の匂いが気になってたまらない。
優斗さんの香水の香りがする、けど。
俺の身についてるのは、智紀さんの香りで。
優斗さんに会うとしてもシャワーは浴びておきたかった。
あー……飯なんか食わずにとっとと帰ればよかったな。
「――捺くん」
ぼんやりしてた俺は車が停まったままってことにも気づかずに、呼ばれたってことにも反応が遅れて。
温かい体温が首に触れてハッと我に返った。
それが優斗さんの手ってことに気づいて優斗さんの方を見る。
そして目が合う前に、影が重なって唇に柔らかいものが触れてた。
それが優斗さんの唇だって気づいてびっくりしたとたんに舌が入り込んでくる。
一か月ぶりの、キス。
一か月ぶり、なのに絡みついてくる舌を俺の身体は覚えていて、自然と俺も舌を絡ませる。
あっというまに頭ん中がぼやけて、身体が疼く。
「……ふ…っ……ん」
角度を変えていくたびに、どんどんキスは深くなっていく。
咥内を這いまわる舌を追いかけて絡めて。
甘く噛まれたら、吸いつき返して。
唾液の交わる音も、まとわりつく舌も、どんどん俺の身体を熱くしていく。
俺の後頭部に支えるようにあてられた優斗さんの手。
そこから伝わってくる温かさとキスに気持ちよさが身体中を駆け巡った。
「……っ…は」
どれくらいキスしてたのかわかんねーけど、離れた唇同士に銀糸が繋がって切れて。
「……もう少ししてたいけど、またあとでね」
そう言って、触れるだけのキスを優斗さんが落とす。
俺は――……足りなくて、思わず優斗さんの腕を握りしめてた。
それに優斗さんが小さく笑って、もう一回だけ、舌を絡めてきつく吸われた。
人通りもわりと多いのに、まわりから見られてるかもしれねーのに、そんなこと頭から飛んでた。
優斗さんは俺の唇を撫でながら囁く。
「今日、大丈夫? 泊りでも」
そしてずっと掴んでた俺の手に触れて、ゆっくり離すとそのまま指を絡ませて繋いだ。
「……う、ん」
気づけば頷いてた。
よかった、って優斗さんが目を細めて俺の手をつないだまま車を発進させる。
片手ハンドルで危ないって思うし、ぶっちゃけ手を繋ぐのって恥ずかしいなって気もするけど、なんとなくもう少し繋いだままで……いいかなって思ってそのままにしておいた。
「ご飯食べた?」
前を向いたまま優斗さんが訊いてくる。
「……あー……っと、夕方ちょっと……腹減っててラーメン食べた」
……嘘は言ってない。
罪悪感にチリっと胸が焼けるけど、繋いだ手が優斗さんの指が俺の掌をなぞるように遊んでるからすぐに意識はそっちに持っていかれる。
「そっか。じゃあファミレスにでも行く? それか出前でも取ってもいいし……」
このまままっすぐ帰る?、って運転しながら横目に優斗さんが俺を見る。
その目がなんか――さっきの続きを感じさせるような艶っぽさがあって、俺は……。
「……帰る」
って、変に緊張して答えてた。
クスッと優斗さんが笑って、なんかめちゃくちゃ恥ずかしい。
つーか……緊張って言うか、さっきのキスの余韻か、ずっと繋いだ手のせいか、それとも一か月ぶりに優斗さんのマンションに行くからか。
俺の息子は少し反応してしまってる。
ありえねーだろ!
気づかれないようにしないとっていうか、なんとか気を紛らわそうとして先週優斗さんが言ってた出張のことを聞いたりしてみた。
だけど、もし逆にこの一カ月の週末のことを訊かれたら――って、気づいて、卑怯な俺は優斗さんに質問されないように、どうでもいいことばっかりひとり喋ってた。
それにいちいち優斗さんはちゃんと答えてくれた。
喋ってると一か月会わなかったなんて信じらんねーくらい普通で、気分も落ち着いてくる。
しばらくして見慣れた道に入った。もう何度も来た優斗さんのマンション。
地下駐車場に車は滑り込んで行って車が止まって。
なんか……また変に緊張してきてた。
「捺くん、降りないの?」
不思議そうにドアを開けながら優斗さんが訊いてきて、ぼうっとしてた俺は慌ててシートベルトを外して車から降りた。
いつの間にか離れてた手は、エレベーターの中でまた繋がれて。
一か月ぶりに入る優斗さんの部屋に――。
「どうぞ」
って促されて入って。
バタンってドアが閉まる音がして、鍵が閉まる音がして。
ちらり、優斗さんを見たら目が合って――。
「……っん」
その瞬間、口を塞がれて、舌が絡まった。
ともだちにシェアしよう!