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第70話
「……」
リビングへの廊下の途中にあるバスルームから聞こえてきたそれは俺のケータイのだ。
あ、と思って脱衣所に脱ぎっぱなしにしてきたズボンのポケットにいれたままだって思い出す。
――その時の俺は寿司と、変わらない優斗さんの関係に安心しきってて、ひとつ頭から抜けてた。
脱衣所に入ると脱ぎ散らかしてた服は綺麗に畳まれて置かれてる。その上にケータイが置いてあってまだ鳴ってた。
優斗さんはシャワーを浴びてる。
俺はケータイを取ってすぐに出てリビングに戻って。
ずっと鳴り続けてたケータイを寿司桶をテーブルに置きながら――なにも考えずに、取った。
誰からの電話かも確認せずに。
だから――……。
『あ、繋がった』
って、笑いを含んだ声が聞こえてきて、固まった。
『もしもし? 捺くん?』
響くのは、つい数時間前まで一緒にいた智紀さんの声。
「……と、智紀さん?」
『はい、智紀です』
わざとらしく楽しそうに智紀さんは言ってくるけど――俺は全然笑えなくて、頭が一気にパニクる。
「な、なに!?」
『んー? 捺くんの声が聴きたくなった、だけ』
「……なに言って」
どきり、と心臓が跳ねる理由がなんなのかはわからない。
『一人になったら寂しくなったんだよ。あー、やっぱり帰さなきゃよかったなーって思って』
電話の向こう側で笑う気配。
どんな顔してるかなんて、想像できてしまう。
「……智紀さん…っ」
『――なーつ』
智紀さんと話してるとペースを全部持ってかれる。
だから切ろうって思った。
だけど。
オフィスで何度も俺に快感を送るように甘く呼びかけてきてた声で囁くから、思わず息を飲んでしまう。
忘れてしまうには、まだ全然時間が経ってない。
まだ――生々しく思い出せる。
『もう、優斗さんと会ってるよね? もう――シた?』
まだ8時半くらいなのに、智紀さんは俺が優斗さんといるのをわかってるかのように訊いてくる。
「……べ、べつに」
『なーつ? それ答えになってないよ? いま優斗さん近くにいないの?』
「……風呂……入ってる」
『へぇ。一緒に入らないんだ?』
「……智紀さん、用事……なに?」
『冷たいなぁ。さっきも言ったろ? 捺の声が聴きたくなった、って』
「……でも……俺いまは」
『いま俺ね、またちょっとオフィスに戻ってきたんだ』
智紀さんは俺の言葉なんて聞かずにどんどん話してくる。
『そしたら、思い出してヤバイ』
低く笑う声。
こっちこそ、ヤバイ。
ここにはいないのに智紀さんの声が耳元で響くから、どうしても思い出しちまう。
『もう一回シておけばよかったな』
「……っ、智紀さんっ」
無理無理、ムリだ!
いつ優斗さんがお風呂からあがってくんのかもわかんねーのに、このまま喋ってるなんてできない。
「もう、まじでっ」
『なーつ。ね、電話エッチ、しようか?』
早く切らねーと……。
「……は?」
いま、なんて言った?
あんまりにも意味不明な言葉が聞こえてきた気がして思わず聞き返してた。
『電話エッチ、したことない?』
「……」
『なーつ?』
「……な、なに言ってんだよ! しない!!」
ないないないないー!!って、心ん中で絶叫しながら断固拒否した。
『ほんとに冷たいなー』
「冷たいとかの問題じゃないし!!」
『なんで? だって俺、捺の声聴いてもっと興奮してきたんだけど。捺の声きくだけで俺の反応しまくって硬くなってる』
俺の、もう忘れた?
――って、言われて息が止まりそうになる。
「……智紀さん、俺は…」
……なんだ?
俺は、なんなんだよ。
流されてセックスして、それで――?
「捺くん、電話?」
「……へ」
割り込んできた声に驚いて振り向くと、いつのまにかリビングに優斗さんが戻ってきてた。
「あ、す、すぐ切るっ」
「いいよ、ゆっくりどうぞ」
濡れたままの髪から肩に滴が落ちてる。
俺は首にかけたままにしてたタオルを渡した。
「ありがとう」
『優斗さん、戻って来たんだ』
優斗さんの声と、智紀さんの声が重なる。
「え、あ、う、うん」
優斗さん見て首縦に振って、ケータイの向こう側の智紀さんに中途半端な返事して。
いったいどっちに話してんのかわけわかんねー。
『捺、これから優斗さんとスるの?』
「……っ、ちが――……夕飯」
声でかくなりそうで、慌ててトーン落とした。
優斗さんに背を向ける。
『へぇ。シイタケは入ってない?』
クスクスとからかう笑い声が響いてくる。
「……入ってねーし。あの、と……。もう、切――」
埒が明かない智紀さんとの会話。
もう無理矢理でも切ろうって思った瞬間、手を掴まれた。
驚いて見ると、すぐそばに優斗さんが立ってて、ふっと微笑む優斗さんは俺を引っ張る。
『ね、捺くん。優斗さんに電話かわってくれないかな』
「……は!?」
また変なこと言いだす智紀さんに困惑して、そして俺をリビングの隣の部屋に連れてく優斗さんに困惑する。
隣は、だって優斗さんの――。
『挨拶するだけだよ』
「……無理、……っ」
10畳くらいの洋室にダブルベッドがあるそこは優斗さんの寝室。
なんで、ここに……?
戸惑っていると、視界が反転して俺は――ベッドに押し倒されていた。
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