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第83話
ありえねーくらい心臓の音がばくばくしてる。
店を出て、冷たい風を感じて少しだけ緊張が緩んだ。
でもまだめっちゃくちゃ動悸が激しいし。
そんな俺を放って松原は駐車場のほうに向かってすたすた歩いてる。
「お……おい、待てよっ」
呼びかけるけど、完全無視。
くっそ、なんなんだよー、この俺様は!!
結局駐車場に辿りつくまで松原はなにも喋らなかった。
「おい、松原!!」
車のところまで来てようやく松原は止まる。
てっきりそのまま車に乗るのかと思ってたら、俺を振り返って車体に背中を預けた。
「うるさいぞ、ガキ」
呆れたように言いながら松原が煙草を取り出して口に咥える。
夜だけど騒がしい街の片隅の駐車場にライターがカチンと鳴って、煙草に火がつく。
「……どういうことだよ」
まだ心臓はめちゃくちゃ痛いくらいドキドキしてる。
それはいい意味なんて全然ねぇ、ただ不安なような苦しいようなそんな感じのドキドキで。
「なんでこんなことすんだよっ!」
よりによって優斗さんと智紀さんと一緒に会うなんて、まじでありえねぇ。
むかむかして松原に食ってかかった。
でも平然とした顔で松原は俺に向かって煙を吐き出した。
「おいっ!!」
「――"捺くんが"」
「……は?」
「"最近、変なの。ため息ばっかりついてるの。どうしたのかな? 大丈夫かな。なにか悩みがあるのかな?"」
まったくの棒読みでセリフを読み上げるように松原がいきなり言いだす。
意味がわかんなくて、ぽかんとする俺に続く言葉。
「"今日もため息ばっかりだった。ほんとに大丈夫かな?"」
松原はどうでもよさそうに喋りながら咥え煙草でスマホを取り出して、画面を俺に見せた。
それはメール画面で。
『先生、今日も捺くんため息ばっかり! やっぱりおかしいよね!? 心配だよ!』
「……え。これ……」
「毎日毎日"捺くん、捺くん"。あげくには仕事中に他の男の心配メール」
「……」
「いい加減うざいからな。強硬手段に出させてもらった」
大きなため息をついて、松原はスマホをポケットにしまう。
「……実優ちゃん、心配してくれてたんだ」
学校じゃいつも通り過ごしてたつもりだったけど、そんなに俺変だったんだ。
なんか、ちょっと感動っていうか嬉しくて気持ちが少し落ち着いた。
「心配なんかしなくてもいいのにな? ただの色ボケなんだから」
すっげぇ面倒臭そうに松原が言い捨てる。
「……色ボケって、なんだよ! 俺は……。っつーか!!!」
また食ってかかろうとして、ふと、気づいた。
「……な、なぁ」
恐る恐る松原を見つめると、「なんだ」って松原は紫煙を吐き出す。
「あのさ……。なんで……、その……俺が……えっと……その……優斗さんや……智紀さんと……」
松原は俺とあの二人が知り合いで、そのうえ――まるで……。
「土曜日」
湧いてくる疑問に戸惑いながら、でも"セックスした"ことを口に出せないでいたら松原が首を傾げて俺を見た。
「……土曜?」
「そう。4時ごろ、会社にいたからな」
「……会社?」
意味わかんねーで、俺はオウム返しに訊き返して――。
「……」
松原の会社って……。
えっと、松原は教師辞めて、智紀さんと――……。
「……」
智紀さんと……?
「え………。ええええええ!!!???」
会社がどこかってことに気づいて、俺は絶叫した。
それに、ちょ、ちょっと待て!!!
4時くらいって……4時くらいって!!!
「うるさい、騒ぐな」
「な、なぁ、あのさ……まさか、あの、もしかして……」
嫌な予感がしまくりで、頭ん中はぐっちゃぐちゃだ。
絶望的っつーか、泣きたい気分で声を絞り出した俺に、松原はあっさり返す。
「お前がドアのところで智紀に迫られてるあたりにでくわした」
「……」
「優斗さんがどうとかこうとか言ってるのが聞こえてきて、まぁ驚いたが」
「……」
「優斗さんが"優斗さん"かどうか確信できなかったから、日曜会ったときにカマかけてみたらビンゴだったし」
日曜……優斗さん、松原と実優ちゃんと会ってたのかな。
ていうか……いったいなに言ったんだよ!
ていうか、ああああ!
「な、なぁ……」
「なんだ」
「……ずっといたわけ?」
「資料取りに行っただけだからすぐ帰ったから心配するな。さすがにお前らがヤってるところなんて、見たくもないしな」
「……」
「それにしてもお前智紀となんて趣味悪すぎだろ」
「……」
呆然としかできない。
でも松原が呆れたようにため息混じりに言って、ハッとして顔を上げた。
「つーかさ! なんで止めねぇんだよ! 話聞いてたんだろ!」
あのとき俺は……ドアのところまで逃げてきて、それで。
「――なんで俺が?」
「なんでって! だって、松原がいたってしったら智紀さんだってやめてた……」
「あいつは気づいてたぞ」
「……は?」
「あいつが俺があの場にいたくらいで中断するわけないだろ」
「……」
「それに――ヤるかどうかは、お前次第だろ」
少し、松原の声が低く冷たくなった。
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