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第84話
「腹黒ド変態の智紀でも本気で嫌がる相手を無理やりヤるような奴じゃない。結局最後までシたのなら、お前だって流されたってだけだろ」
「……」
松原の言葉が胸に突き刺さる。
俺はなんにも言えないで視線を揺らした。
「それで、お前。どっちか好きなのか?」
だけど松原はそんな俺のことなんか気にする様子もなく、面倒そうにため息ひとつついて、どうでも良さそうに訊いてきた。
「……え」
どっちかって、俺が優斗さんか智紀さんをってことで。
それは――。
それ……は。
考えなきゃいけねーことってわかってる。
だけどいまはさっき二人にいっぺんにあったことで一杯一杯っていうか、もうなんかごちゃってるっつーか。
すぐに答えきれないで、俺は視線を地面に落した。
「――ま、智紀ってことはないだろうが」
少しして松原がそう言って、俺は反射的に顔を上げた。
「なんでだよ! お前、智紀さんの親友なんだろ!? 智紀さんすっげぇイイ人じゃん! 面白いし、優しいし、かっこいいし!」
そういや松原はさっきからちょこちょこ智紀さんに対して失礼なこと言ってるような気がする!
ムッとして反論すると、また呆れたようにため息つかれて、また紫煙を吹きかけられた。
「ふうん、じゃあ智紀が好きなわけか」
「……えっ。そ、それは……その」
「違うのか? なら優斗さんか?」
「……」
「それともただ"ヤった"だけ、か?」
「……」
――結局、俺はまた俯くしかできない。
「……わかんねー…んだもん」
優斗さんのことが好きなような気がしてて、でも逃げて。
そんで智紀さんと知り合って、仲良くなって。
そして先週の土曜に、なんか全部――ぐちゃぐちゃになって。
「それに……優斗さんと智紀さんだって……別に俺のことなんて……なんとも思ってねーよ。……だって男同士だし……」
「男同士だからとか関係ないだろ」
小声で言った俺の言葉に松原がすぐに切り返してくる。
本当に関係なんてないって思ってそうな声に、口をつぐんだ。
「――まあ、あの二人からはなにかしら連絡あるだろ」
「……」
連絡なんてあるのかな。
さっきのバーで会った二人のこと、目が合ったときのこと思い出すだけで情けないけど胃がキリキリ痛む。
「……あるのかな、連絡」
逃げてたってしょうがねーのに、でもまだ向き合う勇気がでないっつーか。
「あるだろ、俺が出張ってきてやったんだぞ」
「……俺様」
「あ?」
「……」
ジロッと睨まれたところで、電子音が聞こえてきた。
こもった音のそれは遠くで聞こえるような気がしたけど、松原がコートのポケットから取り出したスマホで、それが着信音だって知る。
松原はスマホに視線を落としてから意味ありげに俺を見た。
それが、なんかヤな予感っていうか、なんつーか。
「――もしもし。……ああ」
松原は親しげにその電話に出て、薄く笑いながら煙草ふかして喋り出す。
「ずいぶん早いな? あ? それはお前がバカだからだろ。――知るか」
素っ気ない口調だけど笑いを含んでて、ちょっと楽しそうな感じもして。
なんとなく電話の相手は……智紀さんなのかなって思った。
「当たり前だろ。俺は早く家に帰りたいからな。……ハッ、付き合ってられるか。――ああ、そうだ」
賑やかな夜の街の喧騒はこの駐車場まで届いてはきてるけど、ここは結構静かで。
だけど電話の向こうで話す智紀さんの声は聞こえてこないから、なんて言ってんのか気になる。
冷たい夜風にだんだん身体が冷えてきてダウンのポケットに手を突っ込んで首をすくめた。
それから少しして「わかった」って言って松原は電話を切った。
俺は電話の内容を聞こうと松原を見つめる。
だけど松原は煙草を携帯灰皿で消すと、駐車料金を支払って車に乗った。
シートベルトして、そしてかかるエンジン音。
「……え」
運転席のウィンドウが開いて、
「じゃーな」
って、松原が言う。
「は!? お、おい! ちょっと待てよ!! 俺、どうすんだよ!!!」
「お前はここにいろ。智紀が来る」
「え、……えっ」
焦って、窓枠に手を置いて、
「帰るなよ!!」
無理って感じで叫んでた。
松原はもう何回目かって感じでため息ついて手を伸ばすと俺の額をデコピンしてきた。
「ってえ!」
「マセガキ、腹くくれ」
「だって、俺、まじで……どうすりゃいーんだよっ」
「とりあえず話し合えばいいだろ」
「でもっ」
「――向井」
元教師だからか、松原の声はよく通る。
焦りまくる俺の思考を止めるように響いた声に俺は停止して、そんで松原は俺を見上げて言った。
「難しく考えるな。単純に考えてみろ。例えば、智紀や優斗さんがお前以外のやつとヤったら、どう思う?」
「――」
「男だからだとか、余計な予想だとか全部取っ払え」
俺様のくせに、まっすぐな真剣な目に射抜かれて立ちつくす。
「じゃあな、性少年。健全な道、歩めよ?」
だけど最後は鼻で笑って松原はウィンドウを閉めると俺の反応なんて見もせずに車を発進させた。
「お、おいっ」
ハッとして声をかけるけど、俺を振り切るようにして車は走り去っていった。
呆然として駐車場に一人取り残されて――そして。
「もう、晄人は帰った……みたいだね」
入れ替わるように、智紀さんがいつもの爽やかな笑顔浮かべて、俺のところに歩いてきた。
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