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第85話

 その足が俺の前で止まって見つめられてるのを感じる。  俺はまた情けないけど目を下を向いてた。 「一週間ぶり、捺くん」 「……う、うん」  すっげぇ、気まずい!!!  松原がバーで言ったこととか、先週の土曜日のこととか思い出して、どんな態度取ればいいのかわかんねー。 「びっくりした、今日は会えないって思ってたから」  俺だって、びっくりした。  でも言えないけど。  黙ってる俺に智紀さんはいつもどおりに話しかけてくる。 「とりあえずどこかゆっくり話せるところに行こうか」  なに話すのかもわかんねーけど、無視するわけにはいかないし、このまま駐車場にいても寒いだけだから小さく頷いた。  その瞬間、智紀さんの手が伸びてきて俺の手を掴む。  驚いて身体がびくつく。  智紀さんは俺の指に指を絡めて握りしめると自分のコートのポケットに繋いだまま手を突っ込んだ。 「智紀さんっ」 「手出してたら寒いしね?」 「でも、男同士だし……」  街中で手繋いで同じポケットになんて、周りから変に見られるに決まってる。  焦る俺に智紀さんはまったく気にする様子もなく笑う。 「平気、平気。夜だしわかんないよ。誰も気にしないって。――行こう」  でも、と口を開きかけた俺を引っ張って智紀さんは歩き出す。  このあたりをよく知ってるのか表通りじゃなくって人気のすくない道に入ってった。 「寒いね」 「……うん」 「晄人の奴も捺くん連れてくるなら最初っから言ってくれればよかったのに」 「……」 「そうとわかってたら車で来てたんだけどね。今日は飲むんだと思ってたから車じゃないんだ」 「……そっか」  ようやくのことで相槌打つ。  なんか変に緊張して、うまく会話が続けられない。  それに――優斗さんはいまどうしてるんだろ。  ふと、そう思った瞬間、ポケットの中で繋いだ手、絡まってた指が動いて俺の指をなぞった。  たったそれだけなのにぞくっとしてしまうアホな俺。 「いまは俺だけのこと考えてね? とりあえず俺、先攻だから」  そして俺の思考なんて全部見透かしてるみたいに智紀さんが俺の顔を覗き込む。  目が合って顔が熱くなって逸らす。  ていうか……先攻ってなんだよ!?  意味わかんねーでテンパってる俺に、智紀さんは笑いながらポケットの中で俺の指を弄ぶ。 「ほんとに捺は可愛いね」 「……可愛くねーしっ」  頑張って言い返すけど、なんか智紀さんに呼び捨てにされるといろいろダメな気分になってくる。  なに話すのかわかんねーけど、とりあえずちゃんと話し合おうって気合を入れて唇を引き結んだ。  それから少し歩いてついたのは小さな公園だった。 「ここでいいかな? 寒いし、会社に来てもらってもいいんだけど」  ちらって智紀さんが目を細めて俺を見る。  そしてやっぱ見透かすように、 「捺は俺の会社じゃ落ち着かないだろ?」  なんて言って、公園の中に連れてかれた。  あんまり広くない公園はベンチが二つとブランコがあるだけの狭いところで全然人気がなかった。  奥のベンチに並んで座る。  俺の片手はまだ智紀さんのポケットの中。  智紀さんは空いた片方の手で煙草を取り出すと口に咥えて、器用に火をつける。  俺は自分から話しかけることなんかできないで、ただ黙ってた。  煙草の匂いが俺のほうに流れてきて、なんか落ち着きたくて俺も吸いたくなる。  ちらっと智紀さんの方を盗み見て胸の内でため息。  あー……沈黙って痛いな。  なんて、思ってたら智紀さんが煙草の灰を地面に落とすのが見えて、そんでそれが俺に差し出された。 「吸う?」 「え?」 「はい」  吸いかけの煙草が口元に差し出されて、つい咥えた。 「晄人にはナイショだよ? 未成年に煙草吸わせたとか怒られるからね」  ふっと笑う智紀さんに俺は頷いて煙草をふかして。 「――間接キスだね」  っていう智紀さんの言葉にむせてしまった。  思わず煙草を落としそうになって、それを智紀さんがつかんでまた吸いだす。  智紀さんは楽しそうに喉を鳴らして笑う。  俺はいろんな意味で恥ずかしくてもうどんだけだよって思いながらも地面に視線を落とした。  しばらく智紀さんは黙って煙草吸ってた。  煙草が半分くらい灰になったころ地面に押し付けて消して携帯灰皿にしまう。 「捺くん」  その携帯灰皿をポケットにしまいながら智紀さんが俺を見て。  俺は促されるようにちゃんと智紀さんを見て。  智紀さんはそんな俺に笑いかけて――言った。 「好きだよ」  って、囁いた。

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