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第86話

 理解するより先に、心臓がむちゃくちゃでかく跳ねて、一気に顔が真っ赤になるのがわかる。 「な、な、え、あ、うん、友達だもんね! 俺と智紀さん!」  しどろもどろになって必死に言ってた。  だって智紀さんが俺のこと好き?  ね、ね、ねーだろ!!!  だって俺男だぞ!  歳だって一回り離れてるし、俺なんてガキだし!  ないないないない!!  必死で頭ん中で否定する。 「なーつ」  そんな俺を智紀さんが呼ぶ。 「な、なにっ」 「ちょっと立って」 「へ?」 「ほら」  ポケットから手を出されて離される。  智紀さんは「早く」って笑顔のまま俺を急かすから意味わかんねーまま、立った。  立って、智紀さんを見て、そして手を引かれて。 「……っうわ!!!」  あっという間に智紀さんの膝の上。 「ちょ!」  むちゃくちゃデジャブ!  逃げようとした俺の腰に手が回ってがっちりホールドされた。 「逃げたらダメ」 「ダメって」 「いーじゃん、もしかしたら最後になるかもしれないし」  抱き締めて俺の胸辺りに顔をうずめた智紀さん。  いつもとかわんねー声がそう言って――俺はつい動きを止めた。 「……」 「俺がフラれたら、もうこういうことできないだろ? ま、フラれないように頑張るけど」  ね?、って智紀さんはさらにきつく俺を抱き寄せる。 「……でもここ外」 「誰も来ないよ」 「……」 「本当はもう一回くらいシたかったけど。捺に俺のこともっと刻んでおきたかったけど」 「……は!?」 「捺のことめちゃくちゃのぐちゃぐちゃーにしたかったけど。土曜日の電話エッチぐらいじゃ全然足んなかったし」 「智紀さんっ!」 「でも――晄人に釘刺されたしね、我慢する。だからさ、捺くん。俺のこと選んでよ」  男同士でこんな街中の一角の公園で、夜だけど膝の上に座らされて抱き締められて。  恥ずかしいしありえねぇって思うけど――……。 「俺ね、一回りも歳が違うのに」  12月で夜で外で寒いのに、めちゃくちゃ熱い。 「初めて捺くんに会ったときに一目ぼれしたんだよね」 「……嘘だ」  そんなん……信じらんねーよ。 「嘘みたいなホントの話」 「だって俺、男だし」 「俺にとっては人を好きになるのに男も女も関係ないよ。俺は、捺がいいって思ったんだから。それだけ」 「……」 「好きになるのに理由いる?」 「……」  話し続ける智紀さんに、俺はなにも言えないでいた。 「俺なりに出会ってから地道に攻めてたんだけど、捺は全然気づいてなかったし」 「……だって、まさか男の俺に……」 「優斗さんだって男だろ?」 「……」 「もとはノーマルだからしょうがないって思って、長期戦でいこうかなって思ってはいたんだけどね。この前の土曜日あんまりにも捺がそわそわしてるから――嫉妬した」  小さく笑って智紀さんは俺の目をじっと見つめる。  笑顔はいつも通りだけど、いつも通りじゃない雰囲気がある。  軽くかけられる言葉。  でも真っ直ぐな目は真剣で逸らすことができなかった。 「順序が逆ってわかってはいたけど、優斗さんのところへ行かせる前に手っ取り早く俺のこと覚えてもらうために手、出した」  ――ごめんね。  って、智紀さんが手を伸ばして俺の頭を撫でる。  ぎゅ、ってなんか胸のあたりが痛んで唇を噛みしめた。  なんて言えばいいのかわからないでいる俺に智紀さんは目を細める。 「まぁでも後悔はしてないけどね。身体の相性も肝心だと思うし。気持ちよかっただろ、なーつ?」 不意にいつもと変わらないからかうような眼差しになった。  俺の頭から頬に手がおりてきて撫でる。 「捺は楽しくなかった? この一カ月」 「……」  楽しく――……なかった、はずなんてない。  バカみたいに優斗さんから逃げてた一ヶ月間、俺の近くにいてくれたのは智紀さんなんだから。  すっげぇ楽しくて、智紀さんと過ごすのは好きだったし、会えるのも楽しみだった。 「俺はすごく楽しかった。歳は離れてるけど、捺といると楽しくて疲れも吹き飛んだよ」 「……」 「俺と捺は似てる」 「考え方とか、楽しみ方とか、いろんなことが」 「……そうかな。俺……智紀さんみたいに頭よくないよ」 「そういうんじゃない。感じ方とか――、捺は思ったことない?」 「……」  智紀さんの言いたいことはなんとなくわかる。  俺と智紀さんは確かによく似てるところあるって思う。  好みもよく似てるし、考え方なんかもすっげぇ共感できるし、尊敬できるところたくさんあった。 「俺と捺は相性いいよ。こころも、カラダもね?」  智紀さんの手が俺の首に回って、引き寄せる。  触れ合いそうなくらいに顔が近づいた。 「俺を選びな。捺」  甘く囁く声。  逸らせないくらい強く俺を見つめる瞳。  俺は――なにも言えなくて、ただ見つめ返していた。  なんて、言えばいい?  女の子からの告白なら何回もある。  そのたび俺は気にいればOKするくらいの軽さで。  最悪なやつだったって、いまはわかる。  それじゃあ、いまは――?  俺、どーすればいい?  ――……どっちが、好きなんだ? 「なーつ」  固まる俺に智紀さんが顔を崩していつものように笑いかけてくる。 「眉間にしわ寄ってる」  おかしそうに智紀さんは俺の額をデコピンしてきた。 「わっ!」  結構強めで痛いと同時にバランス崩しかけて智紀さんの膝の上から落ちそうになった。  途端に智紀さんが俺の身体を引き寄せる。  俺は位置的に智紀さんの肩に顔をうずめるようになって――ぎゅっと抱きしめられた。 「俺を選びなよ」  耳元で熱く息がかかる。 「俺、選んでいろんなことしよう。楽しいことも気持ちいいことも、お前となら俺はもっと人生楽しくなる気がするんだ」 「――」  簡単に想像できそうな関係。ドキドキして、でも、戸惑う。    だって……そんなこと言ってもらえるような奴じゃねーのに。  なんで、俺? 「……智紀さんに好かれるような……。……大した男じゃねーし……」 「俺が捺がいいんだからしょうがないだろ?」  ここが外だってことも、寒さも、全部忘れてしまう。  抱き締められて暖かくて、なんか、よくわかんね……。 「俺を選んでよ」  選びなよ、って智紀さんは呪文のように囁いてくる。  それからお互い口を閉じて、しばらくそのままでいた。  ただ、黙ってた。

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