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第87話

 どれくらい経ったのか、10分とかそれくらいだと思うけど、智紀さんの腕から解放された。  膝の上に乗ったまま、のろのろと智紀さんを見る。 「一晩中でもこうしていたいけど、そうもいかないからね」  智紀さんは少し笑って、優斗さんも待ってるだろうし、って言った。  思わず視線を落とすと智紀さんが俺の顔を覗き込んで目を細める。 「そんな泣きそうな顔するなよ、なーつ」 「……泣かねーし」 「ま、男だしな? ちゃんと優斗さんとも話して――考えて」  できれば俺を選んで欲しいけどね。  って笑いながら智紀さんは俺を膝の上から下ろして立ちあがった。  離れると一気に寒さを感じる。  首をすくめて空を見ると満月だった。 「駅まで送るよ」 「え、あ……うん」  駅までの道は手を繋ぐっていうこともなく、他愛のない話してた。  学校のこととか、智紀さんの仕事のこととか、俺の好きなゲームのこととか。  ほんとーに普通に喋って、気づいたら笑ってて。  やっぱり智紀さんと一緒にいると楽しいって自然に思える。  雰囲気が好きだなって思える。  それが"レンアイ"の好きかはわかんねーけど。 「コンビニにでも入って待ってるといいよ。会社に車置いてきてるらしくて、車とって来るって言ってたから」 「……わかった」  すっげぇ気が重いけど、逃げるわけにはいかない。  苦笑を返す俺に智紀さんがぽんって軽く頭を叩く。 「智紀くん絶賛おススメ中だからよろしく頼むよ?」  わざとらしく咳払いひとつして智紀さんがそう言って、俺は普通に笑った。  そんで互いに軽く手を振る。 「じゃーね、捺くん」 「うん。じゃーね、智紀さん」  いつもと変わんない別れ際の挨拶。  またねってまるでこの一カ月週末いつもそうだったように――智紀さんと別れた。  駅の構内に消えてった智紀さんを見送って俺は近くのコンビニに入った。  とりあえず雑誌コーナーに行って週刊の漫画雑誌をめくる。  全然頭に入ってこないけど、ぱらぱら読み流した。  そうしてコンビニ入って20分近く経ったころ、ポケットに入れてたスマホが鳴りだした。 「……はい」 『捺くん?』  聞こえてくる柔らかい声に、そっと聞こえないように溜まってた重いものを吐き出すように息をつく。 「うん」 『いま駅のロータリーに来てるんだけど。――大丈夫?」 「……ん。すぐ行く」 『待ってるね』 「……ん」  電話を切って、コンビニを出る。  途端に寒さが襲って身体を竦ませながらロータリーに向かった。  智紀さんの言葉が胸に突き刺さって痛い。  そして優斗さんの車が目に入って、もっと胸が痛くなってまたため息を吐きだした。

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