92 / 191
第92話
まだ丸一日も経っていない優斗さんの車の中。
なのに、全部これから変わってしまう。
いやもう先週の土曜日、変わってはいたんだろうけど。
「どうしようか。車の中で話す?」
すっげぇ息止まるんじゃねーかってくらい苦しくて拳にぎりしめてたら優斗さんの優しい声が響く。
「……あの、外がいいかも。……でもあんまり人いないところがいいけど」
「――わかった」
車内でこんな至近距離で正直ちゃんと喋れる自信がなかった。
優斗さんは俺にきちんと話してくれたんだから――俺も、本当の気持ちを話さなきゃならない。
どうやっても落ち着かなくってため息混じりにしか呼吸もできやしねーけど。
ヘタレな俺のせいで車の中はすっげぇ静かも静かだ。
昨日の夜もすっげぇ静かだったけど……昨日の夜よりもなんか……。
結局また俺はため息を吐きだした。
優斗さんはとくになにも言うことなく黙って車を走らせていた。
そしてついたのは海沿いの公園だった。
駐車場には数台の車が停まっていたけど公園自体は広いから他の人が気になることもない。
「寒くない?」
車を降りて少し歩いていたら優斗さんが俺を見て首を傾ける。
「大丈夫」
そう、と微笑む優斗さんの背中を前に見ながら俺は少しだけ歩くペースを落とした。
並んで歩くことがなんとなく出来なくて、正面切って話すことが出来なくって、距離を置いてその背中に話しかけた。
「……優斗さん。――俺ね…」
「……うん」
やばい、心臓大丈夫なのかってくらい痛い。
でもちゃんとしなきゃ。
優斗さんの歩みも少し遅くなって、お互い立ち止まるギリギリくらいで歩き続けた。
「例の罰ゲームで……あっさり松原に落ちて、そんで優斗さんと知り合って……、流されるようにヤって」
ちゃんと声出てんのか、声震えてないか気になる。
噛みそうになるし、止まりそうになるのを必死で我慢して続ける。
「でもぶっちゃけ……後悔とかはなかった」
俺の言葉にか、それともベンチがあったからか優斗さんは立ち止まった。
そのベンチに腰掛けて優斗さんは俺を見たけど座るようには促さなかった。
俺は座れなかった。
「そのときは松原のこと好きだったはずなのに、変だよな。でもなんか……優斗さん優しいし気持ちよかったし……なんか……。あ、でもその時はすっげぇびっくりっていうのも大きかったし……そのときだけで二度と会うなんて思ってもみなかった」
初めて会ったその日にヤって、それで終わるんだって思ってた。
「だけど連絡あって、また会って……そんでシて……。それが当たり前みたいになっていって――だんだん、よくわかんなくなってったんだ」
会えば楽しかったし、ヤれば気持ちよかったけど、モヤモヤが残って溜まっていっていた。
「なんで……優斗さんは俺と会うんだろうとか……。実優ちゃんのことまだ好きなのかなとか……。俺って松原のことどう思ってんだろうとか。………優斗さんのこと……好きかも……とか」
優斗さんと会うたびに、優斗さんに惹かれていってるのは――ぶっちゃけ自覚してた。
でもその分、優斗さんの気持ちがわかんなかったからセーブかけてたっていうか……。
「ずっと自分の気持ちも優斗さんの気持ちもはっきりわかんねーでいたとき……痴漢にあって。なんか俺最悪だって思って優斗さんに会うことができなくなって……智紀さんに出会った」
立ってらんなくって、優斗さんと距離をあけてベンチの端に座った。
優斗さんはずっと黙って俺の話を聞いている。
うつむいて、自分の手眺めながら、また口を開いた。
「優斗さんに誘われて断る自信なかったから、その前に智紀さんと会う約束して……毎週会ってた。でも別に……ほんと先週までは友達っていうか。飯食って喋って……ってそんくらいだったし」
……やばい。
心臓がどんどん痛くなってる。
ずっと壊れそうなくらい苦しいのに、どんだけまだ痛むんだろう。
「……だけど智紀さんと会うのはすっげぇ楽しくって……優斗さんのことで悩むのも忘れられて……。それで、俺………」
きつく、奥歯を噛みしめる。
言える?
言わなきゃなんねー。
ぎゅ、ってさらにキツくズボン握る手に力こめて。
深呼吸して、吐き出した息は震えてた。
「俺……」
気合を入れて立ちあがる。
優斗さんの方を向いて、頭を下げた。
「ご、ごめんなさい。俺っ」
最悪だって、わかってる。
振り返ってみて俺って本当にどうしようもないアホで最悪。
「まじ……ごめんなさい」
苦しい、けど。
「でも、俺――好きだってちゃんと気づいたんだ」
最後の気力を振り絞って真っ直ぐ優斗さんを見た。
ともだちにシェアしよう!