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第5夜 第34話

 やけに自分の声がでかく聞こえて。  叫んだ次の瞬間には我に返って全身が強張った。  優斗さんは驚いて目を見開いて固まってて、その様子に足が竦む。 「……っ……ご、ごめ…っ。ま、まじでなんでもないからっ。あとで連絡するし、じゃ、じゃあ」  笑う余裕もない。  頭の中がぐちゃぐちゃで、わかるのは早く外に出なきゃなんねーってことだけ。  だって、なに言った、俺。  優斗さんに対して叫んだ罪悪感と後悔と不安とが全部ぐちゃぐちゃになってどうしようもない。  震えそうになる手でドアノブ掴んで、鍵を開けて、ドアノブを回そうとした――。  瞬間、腕が強い力で引かれる。  そして俺とドアの間に優斗さんが身体を滑り込ませる。 「捺くん、待って」  真剣な顔をした優斗さんが俺の腕をすばやく掴み直して見下ろしてくる。  その強い眼差しに逃げたいのに逃げれなくて、 「なに」  って掠れた声しか出なかった。 「話をしよう」  話? なんの? 「……や、あの、だから。なんもねーし、用事あるし、だから」  なんて返せばいいのかわからなくて支離滅裂なことしか言えなかった。 「うん、用事あるのはわかった。だから30分でもいい。俺に時間くれないか?」 「……でも」 「捺くん」  お願いだから、って見つめてくる目が、俺なんかのために必死そうで。 「……わかった……少しだけなら」  俺が、優斗さんを拒めるわけない。 「……よかった」  ほっとしたように優斗さんが眼差しを和らげる。  だけど俺の手は掴まれたまま。  とりあえずリビングに、って言う優斗さんに連れられてリビングに行った。  俺はソファに座らされて、優斗さんは紅茶を淹れてくるってキッチンに。  俺が座っているソファはキッチンに背を向けるようになってるから、優斗さんの姿は見えない。  それに少しほっとする。  カチャカチャと用意をしている物音を聞きながら頭を抱えたくなった。  なんで――払いのけたんだろ。  玄関のことを思い出すと心臓になんか突き刺されたみたいに痛い。  あんな言い方するつもりなんてなかったのに。  後悔ばかりが襲ってきて、やっぱりもう帰りたくなる。  いま話したって、ろくなことにならない気がする。  ていうか、あんな言い方した俺を優斗さんは呆れてねーかな。  気分はどんどん最悪になってく。  さっさと帰ればよかったのに。  ……話なんて、することないし。 「――捺くん」  背後から声をかけられてハッとしたときには傍に優斗さんが来ていてテーブルにマグカップを置いた。 「ミルクティー、飲める?」 「……うん」  優斗さんの淹れる紅茶は普段飲まない俺にも美味しくて、冬にはミルクティーをよく作ってもらってた。  ミルクティーの柔らかい色合いと紅茶のいい香りにほんの少しだけ気持ちが落ち着いてきたような気もする。  優斗さんは俺のとなりじゃなくて斜め向かいの一人掛けのソファに座った。 「よかったら飲んでね」 「……ん」  カップを持ってゆっくりと飲む優斗さんを見て、俺もカップに口をつけた。  やっぱ優斗さんのミルクティーは美味しい。  そう思いはしたけど、実際飲んだのはほんの一口だけだった。  どうしても喉を通らなくてそのままカップを置く。  数日ぶりに優斗さんと会って、本当ならいまベッドの中だったはずだったのに。  なんで――こんな重い空気に包まれてるんだろう。  なんで、我慢しなかったんだよ。  自分に苛立って、そしてこれからなに言われるのかって不安で、情けなく俯いた。 「……今週はごめんね、捺くん」  それから少しして優斗さんが話しかけてきた。 「……なにが?」 「実優のことでいろいろ心配とかかけたから……」  ――そのことで、謝られるのがイヤだ。 「……別に。実優ちゃん風邪だったんだししょうがないし」  顔上げて、なんでもないことのように笑う。  実際実優ちゃんは病人だったんだし、病人一人にできるわけないんだから。  優斗さんは俺をじっと見てくる。  真っ直ぐな視線と、何を考えているのかわからねー表情。  さりげなく目を逸らした。 「……気に障ったらごめん。捺くん。実優がここに泊るのイヤじゃなかった?」 「……」  は、と笑ってた顔が強張りそうになって、耐える。 「なんで? だって実優ちゃんの"家"でしょ、ここ。実優ちゃんにとっては優斗さんは親代わりなんだしさ、優斗さんにとっては大事な姪なんだし。大事な家族なんだからさ。それに高熱出して、松原いねーんだから、優斗さんがここに連れてきて当然だし!」  優斗さんは全然悪いことをしてない。  変なとこなんて全然ない。  ただ――俺がバカなだけなんだから。 「……ちゃんとそういうのわかってるよ、俺? 別に実優ちゃんがここに泊ったってなんも思うわけないじゃん」  優斗さんが黙ってるから一人でべらべら言って。  喋れば喋るほど……なんか嘘くさくなってる気がした。 「――本当に?」 「……あたり前じゃん!」  気にしてないって言ってんのに、優斗さんは気にしてる顔をしてる。  それにイラッとしかけて、抑えるようにミルクティーを一口だけ飲んだ。

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