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第5夜 第35話

「ほんとになんも思ってないよ?」 「……捺くん」 「なに?」 「俺に言いたいことあったら、なんでもいいから言って?」 「……なんもないって」  優斗さんはほんの少し眉間にしわを寄せて、俺を見つめた。  なんでもないって言ってんのに、なんで信じてくれないんだろう。  話すことなんてなにもねーのに。  別に言いたいことなんてなんにもねーのに。  だって、全部、全部――……。 「たまに……捺くん辛そうな顔してるときがある」 「……は?」 「それが……実優が関わっているときが多いような気がしてて……ずっと気になってた」 「……気のせいだよ」 「でも俺のせいでしょ?」 「違うって! だって、そんな顔してねーって! だって、ちゃんとわかってるし、俺! 実優ちゃんは優斗さんのお姉さんの忘れ形見で特別で、大事な姪で、実優ちゃんにとって家族は優斗さんだけなんだし。それに俺ちゃんと優斗さんが俺のこと大事にしてくれてんのも知ってるし。わかってるから、だから、俺が優斗さんのことでイヤな想いするわけねーもん。気のせいだよ!」  ぐだぐだした黒い感情を見つけられて知られるのはイヤだ。  だってマジでわかってるから。  優斗さんが大事にしている子を嫌ってるなんて、思われたくない。  んな、イヤな奴だって、思われたくない。  必死で言い繕って。  だけど俺の言葉は静かな部屋にまるで"言い訳"のように響いて。  優斗さんが少し目を伏せてため息がこぼれて――なんか、泣きたくなった。  シンとしてぼんやりカップを眺める。  キャラメル色の水色は甘そうで温かそうで、でも手をつける気にならない。  少しして優斗さんがぽつり呟いた。 「……確かに実優は俺にとってかけがえのない家族だけど……。俺にとっては捺くんも大事で、特別だよ」 「……」  それは想像通り予想通りの言葉。  やっぱり、な。  って、思う。  だってそれ以上なんにもない。  やきもちを焼いてる俺がおかしいだけで、優斗さんはちゃんと俺のことを想ってるって知ってる。  わかってる。  だから――どうしようもない。  俺は俺の気持ちを持て余すだけ、だ。  話したところでなんにも変わらねー……。 「……わかってるよ」  へらって笑って、それだけ返した。  またシンとして重い空気が流れる。  もう……話は終わったかな?  帰っていいかな。  優斗さんと一緒にいるときはくだらねーことなんか考えずにただ楽しく過ごしたい。  でも今日はたぶんもう無理だから。  気まずい空気の中でいるのはイヤで、"帰る"って言うタイミングを見計らった。 「――……煙草、吸っていいかな」  沈黙を破ったのは優斗さんで、頷くと優斗さんは煙草を取り出して火をつける。  深く吸い込んで吐き出された紫煙。  煙草の煙の匂いが俺にまとわりついてくる。  煙草を吸う優斗さんはなにか考えているようにも見えた。  どことなく悩んでるようにも、辛そうにも。 「……俺ね、小さい頃、母親と姉と俺の三人家族だったんだ」  そしてキューブタイプの黒い灰皿に灰を落としながら優斗さんが喋りだした。 「……え?」  突然の家族話に驚いたまま優斗さんを見る。  優斗さんは立ち上る紫煙を眺めていて、俺の視線に気づいて小さく笑った。 「ああ、急にごめん。なんとなく……俺の家族のこと捺くんに聞いてほしくなって」  ……家族。  それって――。  "実優ちゃんが特別"ってことに繋がる話、なのかな。  ぐだぐだした感情ばかりの俺は正直聞きたくない、と思った。 「……たぶん捺くんにとっては全然面白くないし、不快かもしれないけど」  でも、実優ちゃんの話なんて聞きたくない、なんて言えない。  だから俺はただ頷くことしかできなかった。  だけど――確かに優斗さんが俺に話した内容は実優ちゃんが"特別"だっていうことを示すものだったけど。  だけど―――俺はなんにもわかってなかった、って思い知らされる話だった。 ***

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