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第5夜 第38話

 俺は……優斗さんになにも言ってあげられなかった。  駅まで送ってもらって、用事もない俺はそのまま電車で家に帰った。  ちょうど夕飯時だったけど食う気にもなれなくて部屋に閉じこもった。  床に座り込んで膝抱えて、髪の毛むしるようにかき乱して。  なんでいま俺はここにいるんだ、って自分に叫びたかった。  なんで、なんで。 「……くそ……ッ」  なんで、俺は優斗さんになにも言えなかったんだろう。  あんな簡単じゃない過去を言わせて、あげくに謝らせて。  俺はなにやってんだろう。  ――でも、なにを、言えばいいのかわからなかった。  自分のしてたちっぽけな嫉妬に心底うんざりして。  わかってた"つもり"になってて。  自分に吐き気さえする。 「……サイアクだ」  最悪最悪、最低。  優斗さんと付き合いだしてもう半年以上が経つのに、俺はなにも知ろうとしてなかった。  この前温泉で実優ちゃんがお土産買ってるときに優斗さんの家って複雑なのかなって思った。  でも本当は、もっと前にも思ったことはあったんだ。  正月だって優斗さんの口から実家のこととか全然出なくて、 『実家に顔だしとかしなくていーの』  って、訊いたはずだ。 『俺はいいんだ』  って、答えられて。  俺は優斗さんは大人だしそんなもんかなって思っただけだった。  お袋の愚痴とかねーちゃんの愚痴とか、とーちゃんのバカ話とか、そんなくだんない話をしたこともあった。  俺にとってはどうでもいい日常のことで、ただ適当に喋ってて。  適当に――優斗さんにも母親ってウザイよね、とか同意を求めたりしてた気がする。  優斗さんのお母さんは――って聞いたこともあった気がする。  そんなときなんて言ってたっけ。  話し聞いてくれて宥めてくれて、そんで優斗さんの家族のことはたまにお姉さんのことくらいしか聞いたことなかった。  いつだって優斗さんは優しいから、だから甘えてんのは俺の方。  自分のことばっかで、なんにも知ろうとしてなかったのは俺。  実優ちゃんのこと、わかってた、しょうがない、って思いこんで我慢して。  ――なんにもわかってなかったのに。  優斗さんの話を聞いて沸き上がったのは罪悪感で。  でも、あのときもいまもまだそれを上回るのは衝撃で。  無知だった自分がイヤで、謝りたくなった、けど。  それは一部で、なにも言うことができなかったのは、そのままの意味でなにを言っていいのかわかんなかったから。  ごめんっていいたかった。  でも、それで?  辛かったんだね、って?  大変だったんだね、って?  そんなことを言えばよかった?  そんなん、優斗さんは言ってほしかったわけないってそれはわかる。  俺だって言えない。  でもじゃあなにを言えばいい。  優斗さんの過去はガキの俺の、バカな頭には処理できないほど重くて、考えても考えてもまとまらない。  どうすればいいのかわかんねぇ。  こんな俺が――優斗さんと一緒にいていいのか、ってそんなことさえ思っちまう。  今日の帰りだって最後まで優斗さんに気を使わせてたのに。  あの優しい人の隣に俺はいていいのかな。  俺はなにもできないのに。  なにも言ってもやれなくて、してもやれない。  そんな――くだんないことまでずっとループみたいに考えながら、気づけば外は雨が降り出していた。  深夜の一時過ぎ、優斗さんに連絡してなかったことを思い出してメールだけしておいた。  ……今日は遅くなったから明日電話するって。  そして雨はどんどん強さを増していって。  俺が朝方眠りについて昼前目が覚めたのは強すぎる雨の音でだった。  台風でも来てるんじゃねーのってくらいの暴風雨は傘も意味なさそうなくらいの激しいもので、空は雨で見えないくらいだった。 『雨、ひどいね』 「……ん」 『明日は止んでるといいね』 「……うん」  結局あんまりにも雨がひどかったから――日曜なのに優斗さんとは会わずに電話だけした。  電話で話す優斗さんはやっぱりいつもと変わらない。  それにホッとして。  いつも通りにできない自分に、哀しくさえなった。

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