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第5夜 第46話
「捺くん」
「ん」
「ゆーにーちゃんをよろしくね」
姪っこからのお願いです、なんて頭を下げた実優ちゃんに、俺も慌てて頭を下げ返して。
「は、はい。俺もよろしく」
とか意味わかんねーこと口走って。
そんで――顔を上げた実優ちゃんと顔を見合わせて笑った。
ほんとうに久しぶりに、ただ純粋に笑えて、あんだけモヤモヤしてたのがウソみたいに心が軽くなってた。
それから、実優ちゃんに優斗さんのことをいろいろ聞いた。
最近のことやすっげえ昔のこと。
アルバムも見せてもらった。
優斗さんの小さい頃の写真はなかったけど、小学校高学年くらいからのはたくさんあった。
優斗さんのお姉さんと義兄さんの三人で映ってるのとか、実優ちゃんが生まれたころのとか。
そして俺と同い年の優斗さんとか。
高校の制服を着て映ってる優斗さんは俺なんかよりも大人っぽく見えて、頭良さそうで、やっぱりカッコよくて。
「写真いる?」って実優ちゃんに訊かれて「いる」って即答したりした。
その写真も――ある時点で途切れてたけど、でもまた実優ちゃんが中学生になったころから増えて。
この前温泉に行った時の写真なんかもちゃんとアルバムに綴じてあった。
どれも全部笑顔で、全部幸せそうで。
――どんだけつらい過去があって、優斗さんがその背中に重いものをたくさん背負ってたってしても、俺の知る優しい優斗さんは全然ブレないし、変わらない。
でもだからこそ俺は……俺は――。
「捺くん、冷蔵庫にデザートもあるから、食べてね」
散々アルバム見て実優ちゃんと二人喋り倒して笑って、そういやって中断してた夕食の準備を終わらせてから実優ちゃんは帰り支度をした。
玄関まで見送る。
キッチンには美味しそうな料理が出来上がってる。
優斗さんが帰ってきたら俺が温めて、ふたりで食べる料理。
「うん、ありがと。なんか今日の夕食すっげぇ俺の好きなものばっかりで嬉しい」
たまたま実優ちゃんが作ってくれたのは俺の好物ばかりだった。
笑いすぎて疲れさえする頬を上げて、俺が言えば実優ちゃんはきょとんとして、そして「うふふ」って口元を押さえた。
悪戯でも思いついたような、そんな顔。
「ね、捺くん」
「なに?」
「ゆーにーちゃんにはあとで謝っておいて? ちょっと怒っちゃうかもしれないから」
「なに? 怒るって……」
「いまから私が言うこと。本当はね、黙っておこうって思ったんだけど。せっかくだから私が言っちゃう。一番乗りしちゃおうかなって思って」
「……はぁ」
なんなんだろう?
楽しそうに笑う実優ちゃんに首を傾げた。
「だって私だって捺くんの友達だからいいんだもん!」
実優ちゃんはよくわかんねーこと言って拳を握りしめてる。
……本当になんなんだろ。
「まだちょっと早いけど、かなりフライングだけど、捺くん」
「は、はい?」
大きな目を一瞬瞬かせて、優斗さんとよく似た笑顔を、俺にくれた。
「――明日、お誕生日おめでとう!」
「――……え」
「じゃあ、ゆーにーちゃんとケーキ食べてお祝いしてね」
呆気にとられる俺に、実優ちゃんは手を振ると玄関を出ていった。
慌てて、
「あ、ありがとう! また来週学校で」
「うん」
ばいばい、って手を振り合って、実優ちゃんを見送って。
それからリビングに戻ってカレンダーを見て、いまさら思い出した。
――明日、6月26日って俺の誕生日だ。
すっかり忘れてて、そういや今日の土曜日の休日出勤を優斗さんが珍しく渋ってたことを思い出した。
「……明日で18なんだ、俺」
結婚だってできる歳。
大人じゃないけど、大人に一歩近づく歳。
「……」
キッチンに入って実優ちゃんが作ってくれた料理を眺める。
全部俺の好物なのは偶然じゃなかったんだ。
でも、俺実優ちゃんに好きな食べ物の話そんなしたことないような気がするから――、たぶん情報は優斗さんからなのかな。
って、思うと勝手に顔が緩んだ。
時計は4時を少し過ぎた頃。
優斗さんは定時であがってすぐに帰ってくるって言ってた。
「……早く会いてーな……」
たぶん、あってすぐの笑顔はひきつってしまうかもしれない。
でも、早く会いたかった。
たとえなにも言えないままでも。
そしてリビングに戻ってテレビつけて家に電話した。
たぶん優斗さんは俺の誕生日を祝うけど、家族とも過ごしてほしいって言うと思う。
でも俺はやっぱり優斗さんと過ごしたいし。
「……明日8時か8時半くらいに帰ってくる」
『なによその微妙な時間帯。ご飯いるの?』
「……いらない。ケーキはいる」
『はあ? しょうがないわねー。じゃあ9時に帰ってきなさい。外食してケーキ買ってそれくらいに帰ってくるから』
「……なんで俺がいないと外食なんだよ。明日俺の誕生日なんだろ」
『家で食べるなら好きなもの作ってあげるけど、いないなら私たちが好きなもの食べにいくからよ』
自信満々に答えるお袋にため息しかでねー。
「いや意味わかんねーんだけど」
『ま、いいじゃない。ケーキはあんたのすきなの買っておくから。プレゼントほしいならちゃんと帰ってきなさいよ』
「わかった」
よくわかんねーおばさんだ。
でもそれも俺の大事な家族。
「じゃーね」
って、電話切ってソファにごろんと横になった。
いろんなものが、まだ胸の中には残ってはいる。
けど、たぶん――大丈夫。
優斗さんが帰ってくるまでの間、テレビを見て過ごした。
ある特集番組がちょうど終わりかけたころ玄関ドアの開く音がしてきた。
テレビを消して玄関に向かう。
俺の足音に気づいた、靴を脱いでいた優斗さんが顔を上げて俺を視界に入れる。
一週間ぶり。
ぶっちゃけ結構緊張してたけど頑張って声をかけた。
「おかえり」
優斗さんは俺を見て少し驚いたみたいな顔をしたけどすぐにほっとしたように目を細めて微笑んだ。
「……ただいま」
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